【027】『エース家の侍女(快適)』
ロレッタがエース家に移り住んでから数日が経っていた。あんなに悲しい気持ちでいっぱいだったのに、今は穏やかに過ごしている。さすがというかなんというか、エース家は使用人すら質が高いのだ。他人を苛め抜くというような、矮小な人間がいない。たぶん居たとしても使用人間の風通しが良いため、とっとと首になるのではないかと思う。
執事を始め、侍女長、メイド長、侍従長など長の付く人は全員紹介して頂いたが、嫌な空気を一度も受けなかった。ロレッタを見下したり、傷物として馬鹿にしたり。そういう事をやるのは使用人として格が低い行いという教育が浸透しているのだろうと思う。みんな誇りを持って仕事をしているのだ。
その部分にロレッタは言いようのない程の感動を覚えていた。学園も王家もそんな雰囲気はなかった。ギスギスして無駄に傷つけ合って。出し抜いたり騙したり。時間と労力の無駄遣いである。そんなものに精神を疲弊させるのが辛かった。
それがどうだろう? エース家と来たら。ストレスが溜まりにくい構造が確立している。自分の仕事に集中し、自分自身を向上させる。その成果として十分な報酬を頂く。それを見てロレッタは心に決めた事がある。ここに骨を埋めるのだ。今は侍女であるから行く行くは誇りある侍女長を目指そうと思う。そして、この職場で人生を終える。それがロレッタの今の夢である。よくよく考えれば、あんな王子と結婚しなくて良かったのではないかと思う。
それに次期当主であるルーシュ様。私の卒業論文を熟読され、とても褒めて頂いた。素晴らしいと。君は魔導師としてもその概念の確立方法も魔道具師としても大変な才能があると。エース家の侍女ではあるが、自分の魔法研究のパートナーになって貰う可能性もあるから、魔法学を捨てないように。侍女の仕事は二時間早く上がって、魔道具研究をするように。そして一週間に一度レポートを提出するようにと言われた。
ロレッタはこの言葉を聞いた時、涙が出そうになった。ルーシュ様の前なので、なんとか瞳の奥に押し込めたが。かつて自分をこんなに高く評価して頂いた事があっただろうか? 努力しても当たり前、もっと努力するのが聖女の務め。そんな風に言われた。聖女だって努力する為には精神力がいるのだ。眠い目をこすって、魔法学の教科書を読むのは当たり前なのだろうか? 教養科の生徒が楽しそうに城下に遊びに行くのを、羨ましいと思ってはいけないのか。夥しい魔方式を暗記するのは誰にでも出来ることなのか? そんな思いがずっと胸の奥底にくすぶっていた。
月に一回、第二王子殿下とお茶会と称して会っていたが、胃が潰れそうだった。自分に向ける目がとても冷たい。早く終わらないかと、こんな奴に会いたくないと瞳から伝わってきた。彼と飲むお茶はいつでもとても苦かった。彼の前で自分はとても小さくつまらない存在なのだろうと、毎回痛感させられた。最後に婚約破棄された日、城からひとりぼっちで帰った日、足がとても痛くて、でもそれ以上に胸の中がポッカリと空洞になっていた。悲しみばかりが襲ってきて、三日間悲鳴を上げるように泣き続けたのだ。
ロレッタはそっと自分の胸に手を当てる。ルーシュ様の言葉が胸の奥に温もりとなって広がって行く。








