【269話】理想と現実の狭間の場所。
大幅改稿し、前半と後半の二話に分けました。
再読をお勧めいたします!
暴力のない場所。
悪意のない場所。
そんな理想郷は存在するのか?
存在するのかもしれないし、
しないかも知れない。
殺人や犯罪を起こせる人間の特徴とは、環境、共感性、遺伝と言われている。
この内、環境は完全に後天的な部分。
三つが揃わなければ罪を犯さないというのであれば、環境がアクセスポイントだ。
三分の一を占める要因である環境は、外側からアプローチ出来る。
シトリー領では子供に暴力を振るってはいけない等、単純化したルールを領法で定める。
分かりやすく、簡潔に、三つくらいに絞って制定する訳だ。
ペナルティーは罰金にして、回収した金を、守れた者に褒美としてリターンする。
そうすれば殴らない方が得なのだから、損得勘定が正常なら、守られる。
綺麗事を言っていても始まらない。
取り敢えずスタートだけは強引に背中を押して、常識化するように運びたい。
これだけで生育環境の幾ばくかが整えられる。
大人は……生来の悪人でも無い限り、金と健康が安定して、悪意の先導者がいなければ、大きな逸脱者はいなくなる。
金は精神を不安定にし、人から余裕を無くすから、贅沢は出来なくても、明日の食事くらいは安定させたい。早急にシトリー領を富ませなければ。少し貧し過ぎる。
健康はユリシーズ経由で、暫く第二聖女のポーションを格安で流して貰う。
もともとシトリー領の領主令嬢なのだから、損をしない程度には協力してくれるだろう。
第二聖女のポーション開発に協力するよう条件が出ている。
これは、十中八九孤児院に寄付に行って怪我をした第五聖女を治す為。
アリスターがいた孤児院だ。
寄付をしに行って怪我をし、その怪我を治す為のポーション作り。
せいぜい前向きに協力してやるさ。
他にも怪我をした貴族がいるなら配りたいしな。
善人の貴族には元気でいて貰わないと、俺が困る。
悪人が減るのは勿論喜ばしいが、善人を増やすのも同義だ。
善も感染するからな。
それも環境と呼ぶものの一つ。
この先、第二聖女と接する機会は増える。
今期の最上位聖女。
位は二位だが、完全な第一聖女。
それは聖女等級判定不正判決で明らかになった。
彼女の力は質量の高い魔力を練ることではなく、精密にコントロールすることだ。
第二聖女の、繊細で緻密な聖魔法があれば、共感力を司る脳の部分へのアクセスポーションを作ることが出来ないだろうか?
人格を丸々強制するよりも、一部分である共感力を上げる方が、行為としては最小限になり、固有人格を保ったまま、他者の痛みや苦しみを理解出来るようになる。
開発する価値は高い。
犯罪への二つ目の要因、共感力へも外部からアクセス出来るということだ。
王妃の性格はなんなんだ?
ロストさせられた側の人間の苦しみや辛さを、まるで想像出来ていない。
想像出来ないから実行出来る。
感情が凍り付いている女。
どう考えても彼女から欠けているものは共感力だろ?
一番最初にポーションを飲ませる女は王妃にするか?
国民も喜ぶだろ?
王妃はカリスマ性が高い。
容姿に非の打ち所がなく華がある。
他者を魅了する力が備わっている。
そして誰もが憧れる光の聖魔法。
なんと言っても、聖女のトップ中のトップ、第一聖女だったのだから。
口も良く回り、平気で嘘を言う。
騙すことに良心の呵責がない。
生育環境はどうだったのだろうな?
甘やかしか虐待の二択だが………。
どちらかというと第二王子と同じ系譜、自己中心的な甘やかしなのではないだろうか?
断定は出来ないが………。
「アシュリ」
「……………」
領政のことを考え出すと止まらない。
「なんだ? 決めたか?」
「概ね。先ずはシトリー領の権限。これは領主を交代する訳にもいかないから、取り敢えずシトリ-領の領主名代を立てる。名代はエルズバーグ次期当主は不適格なので、ミリアリア・セイヤーズに定める。僕の実妹だからね、その辺は平気だろ?」
「……まあ、そうだな。穏便ではある」
「で、僕は領主のままだけど王都のタウンハウスに移るから好きにやっていいよ? ただし恐怖政治はしないでね。一応見張ってる」
「……しないだろ? 馬鹿馬鹿しい」
「誰もが羨む幸せな領地にしたいんだよね?」
「……お前がいうと軽いな」
「でもそういう事でしょ?」
「……そうだな。だが自由で何をしてもお咎めのない土地ではない。均整の取れた土地を目指す」
「応援するよ」
「そうか」
「応援ついでに二件ほど、僕からの贈り物。シトリー領に王太子が購入した土地があるんだけどね」
「……あるな」
「知ってた?」
「知っている。領主館に近い」
「そうそう。歩いて五分くらい。目と鼻の先」
「なんであんな所に買ったんだろうな?」
「それはさ、彼の五百年を超える拗らせが………」
「……ああ。あれな」
「………なんか色々変わらないよね」
「そうだな。全然変わらないな。そこ」
「うん」
ユリシーズとアシュリはしみじみと頷く。
安心するような、それでいて残念なようなかつての仲間。
皆、変わらない。水の賢者は水の賢者で雷の賢者は雷の賢者。
炎の賢者も大聖女も変わらない。
ここに嘗ての賢者が五人も揃っているのか?
後は黒の賢者と翠の賢者だな。
翠の賢者は本人だから、変わりようもない。
少し懐かしいこの感覚。
想い出と、現実の狭間を行き来する。
問題解決へ向けた賢者会議もこんな感じだったか?








