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【267話】君が大切に思うもの。





 ドアが開きユリシーズ・シトリーが飄々と入って来た。

 とても大きな木箱を抱えている? 棺桶?

 

 木箱?



 薄い水色の瞳に髪。

 掴み所のない人物。

 来るだろうと思っていたが、予想より遅かった。

 子供達がピンチの時に来いと言いたくなる。

 なんでこんなタイミングで登場する?

 なんの為に来たんだ? 助力しに来たんじゃないのか?

 それにあの馬鹿でかい棺桶はなんだ?

 嫌な感じはしないが、それにしても不可解。



「やあ、アシュリ。元気だった? 十九年ぶり」

「……全然元気ではないが、久し振り」


 王立学園の同窓。

 彼は所謂天才だった。

 授業を真面目に受けている所はついぞ見たことがなかったが、学科も実技もトップ中のトップ。彼の兄も大変優秀な逸材だったが、弟も弟で誰も紡ぐことの出来ない氷の魔術の顕現者ということで、多大な注目を集めていたし、実力もあった。ただ……やる気はあまりなかった。頑張っている所とか、努力している所など皆無。困ったら兄にどうにかしてもらうくらいの何ともいえない……ユルヌルイ男だった。


 ユリシーズ・セイヤーズという男は、金も権力も実力もあり、その上矢鱈と機転が利く男で、たぶんアシュリのことを目立たぬくらいに庇っていた。陣の引き方から座学から日常的なことまで。多分彼は彼なりに、落ちこぼれがもっと落ちこぼれにならないように、恩着せがましくない程度に、構っていたのだ。貴族同士が集まる国一番のエリート校の中でも選ばれた人間の集う場である魔法学科。市井で庶民として育った自分が付いていける訳もなく。それでも高等部の頃には曲がりなりにも学校生活が維持されていたのは、彼のおかげなんだろうと思う。


 アシュリにはそんな親切心を疎く思ったり、迷惑に思うような反骨心など併せ持っていなかったので、素直に有りがたく受け取っていた。彼は多分……魔法にも、金にも、立場にも余裕があり、そしてエルズバーグに思う所があったのか、それとも闇の賢者の血統継承者と気付いていたからか、かつての仲間を大切に思っていたのか、本心は分からなかったが、例え同情だったとしてもありがたかった。蔑みや揶揄いより、同情の方がずっと格調高い行為だ。その所為で俺の心は大分助けられたのだから。


 高等部五年の頃、妹が入学したと言って紹介された。物静かな、波打つような蒼い髪が腰より長くて、言葉数の少ない子だった。何故かとても懐いてくれて、飽きもせず二人で研究棟に籠もって陣の開発をしていた。偏見も差別もない子だったし、貴族のマナーを知らないアシュリの事を気にする様子もなかった。痩せているアシュリの為に、やがて昼や夕食を用意してくれるようになり、まだ子供だったのに、色々気を回す子だった。


 ロスト後に会った彼女は十九歳になる手前くらいで……。三歳年上になっていた。

 小さな女の子が、大人に成長していた。あの物静かな伏し目がちの子が、九年も一人の、ほんの一時期、関わったアシュリの事を、探し出すような気の強い子だとは思わなかった。顔はここにいるユリシーズに似ている。少し華奢に女顔にした感じなのだが……。



「今頃登場か? 随分ゆっくりだったな?」

「この木箱が重くてね? なかなかフットワークがさ」

「…………それはお前が開発している冷蔵ボックスか?」

「詳しいね? 流石情報通。そして情報屋にもなれる情報網」

「……いや、普通に王太子の影から聞いた」

「まあ、そうだろうけど」

「で、わざわざ宿に搬入した以上は中味を見せたいで合ってるか?」

「合ってるよ。見せたくて見せたくて。下に後二箱あるけど流石にそれは重くてね」

「だろうな。で――中味は」

「予測はついてる?」

「当たり前だろ。箱があれば誰でも一番可能性の高いものを予測する」

「そう?」

「そうだろ」

「じゃあ、開けるね」


 そう言って、ユリシーズが木箱の蓋を開けると、冷気が箱から漏れる。


「大切なんでしょ? 本当は殺したくないんでしょ? 主人を時空まで追い掛けて来るほどの忠誠心だからね。僕が眠らせておいたよ? 一匹残らず」




 木箱の中には夥しい程の蚕が眠っていた。

 先程ソフィリアの街に放った蚕。

 彼が一匹残らず狩り捕っていた。







作品の精度を上げてくれる読者校正様、

いつもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、ハズレでした。でももっとキモチワルイ想像だったので当たってなくて良かったです。お父さん相変わらずすごい
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