【265話】人の価値は?
アシュリ視点が続きます
不遜な奴。昔から偉そうだったが、五百年経ったところでその部分は変わらないのだな……と思う。古の王で、そしてこれからも王。
「買い被ってくれている所を悪いが、救う必要のない人質に関しては命の保証をしたことはないぞ」
「知ってるよ? 悪人、価値のない人間には問答無用で人格強制印だ。寧ろ悪人には喜んで人格強制の魔術を紡ぐのが闇の賢者の習性。彼は自分の中の不文律を持っている。悪には悪を、善には善を。普通には普通を。シンプルに言えばそういう部分。建国時も決して善人は殺さなかった。但しこの善と悪の区別が難しい。敵兵は悪? かどうかという定義。命令されて無理矢理侵略戦争をしていたら悪? 弱味を握られ人殺しを命令された者は? 無知ゆえに洗脳されたら? 生まれた国の教義を押し付けられている輩は? どう判断する? お前を見捨てた王妃は悪? 国の為に雷の魔導師を力業で誕生させた王妃は善? 何をもって区別するか? それは闇の賢者の完全な主観によって執り行われる」
「主観が大切だろ? 主観ではないならそれは他者の判断だ。他者の判断ということは俺の意志じゃない。齟齬が生じる。思考は他人に丸投げしない。決めるのは自分だ」
「僕が君の主観を代弁してあげようか? 王妃は悪だ。雷の魔導師を助けたいのならどんな手を使っても助ければいい。但し、助力した相手を口封じの為に時空間ロストさせたのは不味かった。するべきじゃなかった。それは自分の真名が知られているという不安から出た保身。恩を仇で返す所業。悪人認定だ。合ってるだろ?」
「……合っているな。次に会ったら殺してもいいくらいだ」
「まあ、君がやるのは人格強制だけどね」
「……攻撃されない限りはな。人格強制印とはした瞬間に犯人が闇魔導師に絞られる。確約がなければ危ない橋だ」
「そうだね。賢明なら王妃には手を出さないことをお勧めするよ」
アシュリは小さく笑った。
王妃はいつか殺す。
俺の生きている間に。
「で、君の目的は何? 空間の魔導師探索に当てられた魔法省の魔導師にこの出迎えは少々大袈裟じゃない? 何故こんな臨戦態勢を引いた?」
「それは分かっているだろう? 交渉を有利に進めるためだ」
「もちろん分かっているよ。――で、その交渉は?」
アシュリは束の間押し黙る。
さて、どうする?
王太子は切れ者。
その上で、交渉相手としてはまたとない大物。
交渉は大物であるに越したことはない。
例えば、阿呆と名高い第二王子なら、話が通じなかっただろう。会うだけ無駄という奴だ。じゃあ王妃腹の第三第四王子だったらどうなっていたか。これもこれでお話しにならない。何故なら権力が無さ過ぎる。動かせるものの大きさを考えれば第三第四王子というのは自立していない分、力は大侯爵にも劣る。そう考えれば融通が利き、頭も良く、人の裏も見えた上で、損得を判断出来る王太子が相手としては一番条件がいい。
「そちらから切り出したということは、そういうことで良いんだな?」
「確認しなくても、そういうことだ」
ふーん。
潔癖とはほど遠い王子だな。
「これは対等な交渉だ。闇の魔術を入れる」
「王太子は闇魔術の枷を背負わない。闇契約は交わすが、名前は代理の者を使う」
「そこにいるエース侯爵家の餓鬼か」
「………いいや。多分君のよく知っている者だよ」
「……分かっていると思うが、謀ったら人格矯正印を発動する」
「そう? 誰に? まさかこの街の悪人? 犯罪者?」
「スラム街の小僧の母親、聖女等級判定不正事件に関わった盗賊、元第一聖女」
「…………それ、なんの抑止力にもならない人選だね?」
「お前の判断次第で人格矯正印を押されると思うと不快だろ?」
「……まったく不快じゃないよ? 冗談で言ってる? 第五聖女の瞳を突いた盗賊なんて人格強制印を押された所で露程も同情心を感じない。小さな自分の息子を庇護せずに栄養失調にさせた母親に何を思う? 第一聖女は王太子に魅了のポーションを盛った人間。自分の欲望の為なら他人に何しようがお構いなし。人格強制した方が世界の為だ。」
「本当に真っ黒だな」
「……黒じゃないだろ? 灰くらいだろ? 白くはないだけだ」
「第二聖女に蚕を紐付けする」
「第二聖女は魔導師だ。対応などいつでも出来る。分かっているだろ?」
「……魔導師はいつでも不遜だな」
「そうでもないよ。そもそもこちらの手には君の息子であるアリスターがいる。この意味分かる?」
「人質にしたいのか?」
「ならないだろ? 僕らの中にアリスターを傷つけられるものがいないのだから」
「そうだな。端から人質になどなりはしない」
「アリスターをセイヤーズ大侯爵が引き取らなかった意味を知っているか?」
「後ろ盾を増やすためか?」
「そうだよ。セイヤーズだけではなく、エースと王太子つまりゆくゆくは王になる人間に庇護させる為だ。セイヤーズ大侯爵はね、そういうの凄く上手いよね? 君、よく知ってるよね?」
「…………」
「で、何が欲しいんだ? アシュリ・エルズバーグ」
王太子が不遜に笑う。








