【264話】人質の価値。
現代アシュリ・エルズバーグ視点
目の前にあの憎い女の子供がいる。
アシュリが時空干渉している時に、座標を切った女。
パーシヴァル期の第一聖女にしてアクランド王国王妃。
権力も、金も、栄誉も、魔力も、全てを手にした女。
残忍で鋭利で人を人とも思わぬ女。
傷病を治す神の奇跡と歌われた聖女が、そんな女だとは思わなかった。
自分の為に人が死ぬとこも、苦しむことも気にしない女。
「さすが、あの性悪女の息子。口が良く回るね? 確かに王妃は世渡り上手で要領が良くて権力を味方にし、大変器用。君にそっくり。そっくりついでにまさかまた大聖女に惚れたの? もう懲り懲りじゃないの? どんなに思っても君に大聖女は振り向かない。いつまでも五百年経っても片思い。建国時に痛い目に合ってるよね? 無理矢理自分のものにして大失敗。忘れちゃったの? あの痛み。大聖女の掛けた楔は風化した? ここにいる第二聖女の前で洗いざらいぶちまけてやろうか?」
王太子は薄く笑う。
「ぶちまけてくれて結構だよ? どうぞどうぞ。皆、知っている有名な話だから。ここにいるルーシュはもちろん、水の賢者のユリシーズ・シトリー、風の賢者に土の賢者。隠すまでもない。高言してくれて結構。母が無慈悲で情けのない人だということもある意味王宮では有名。子供を助ける為なら手段を選ばない、手も心も真っ黒で罪だらけ。王妃なんてそんなものでは?」
「お前も真っ黒だろ」
「王太子が真っ白で務まる訳ないだろ?」
「愛しの第二聖女が聞いているぞ」
「愛しの第二聖女に聞かれても問題ない。さっき言ったろ? 忘れちゃった?」
「やっぱり第二聖女がアキレス腱か」
「彼女はアキレス腱になる程、弱くない」
「あの女の期待を裏切るのが怖いくせに」
「裏切る予定がないので、まったく怖くない」
「リエトを殺すぞ」
「それで王太子が怯むとでも?」
「内心で怯んでいる筈だ。愛しい女の弟だ。必ず助けたい相手に違いない」
王太子は口の端を上げて笑う。
「愛しい女の血縁者は殺せまい」
「………」
「アシュリ・エルズバーグには子供がいる。アリスター・エルズバーグという十になる子供がね? よくエルズバーグ家から隠しきったと褒めてやりたいところだが、それは違う。お前は何もしていない。隠しきったのは産みの母親だろう。そうなんだろ? それに便宜を図ったのが、セイヤーズ大侯爵。何故大侯爵自ら便宜を図るのか? それは関係を明らかにすれば当たり前の事、彼には水の賢者の血統継承を持った弟がいる。しかし二人兄弟ではない。ミリアリア・セイヤーズ。大侯爵の実の妹。水の魔導師。彼女、実は王立学園休学中行方不明になっている。ローランド・セイヤーズとユリシーズ・シトリーの妹。あまり知られていないが、君はシトリ-伯爵を介して会っている。そしてアリスターの母親でもある。そうなんだろ? 何も調べていないとでも思ったか? お前にとってリエトは義理の甥。そしてミリアリアにとっては血の繋がった甥っ子だ。殺せるわけがない。殺したらお前はミリアリアに顔向け出来ない。殺せない人質など人質とは呼ばない」
「ミリアリアのことまでよく調べているな?」
「当たり前だ。戦いの常道だ」
「……水の一族は結束が固くてね。兄弟同士が馬鹿が付くほど仲がいい。ミリアリアは歳の離れた兄二人が大好きだった。聞く話によるとね、『優しい』以外ない兄だったらしいよ? どこまでも優しい。何をしても優しい。そんな兄」
アシュリはそんな兄弟仲が羨ましくもあり眩しくもある。
自分のような現実と。彼らの現実。
まるでまったく違う世界のことみたいに思える。
「人質は一人じゃないんだよ? 分かっているのか王太子? ソフィリアの街に放った蚕のことを」
「僕は雷の賢者だよ? 馬鹿にしているの? 君のことなど全てお見通し。嘗て僕が王で、君は部下。大侯爵は配下。僕の手足のようなもの。君の立てた作戦は山ほど見てきた。君は人質を取る。取りまくる。人質を取って相手が言うことを利けば御の字だけど、人質を見捨てる輩も沢山いたじゃないか? 君、その時どうしていたか憶えているよね? 一度でも殺したことってあった? ないよ。一度もだ。闇の賢者は人質を殺さない。有名な話だよ? ここにいるルーシュも、そしてシトリ-伯爵も誰でも知っている有名な話」
「有名か」
「仲間内ではね」
「人は変わる」
「本質は変わらない」
「お前は飽きもせず大聖女を好きになる」
「そこは永遠に変わらない」
「しつこいぞ」
「しつこくて結構。悟りだよ」
「年寄りか?」
「実際、長く生きている」
「まあ、そうだが」
アシュリは口の中で少し笑った。
人質は殺したことはないが、人格強制したことは何度もある。
ものは言いようだな?








