【257話】日の入りと日の出。
光の梯子を作る為には、一人百九回テグス結びをすることになる。本結びではなく、体重が掛かれば掛かる程固くしまるテグス結び。三十秒で一カ所を結ぶとして、一時間くらいかかるかな?
私達は黙々とその作業をこなして行く。単純系作業は慣れれば慣れる程速くなり精度が上がる。私達、大分この作業の上位領域に達したのではないだろうか? テグス結び選手権とかあったら良い線行きそうではないか? ライバルはシリル様とルーシュ様。ワンツースリーで上位を総なめに出来るかもしれない。魔法省主催で開催してみてはどうだろう? 盛り上がるのではないだろうか? 剣術大会や魔術大会と違って、当日参加枠なども用意して庶民達と盛り上がる感じで。もちろん優勝賞品なんかも用意して、その優勝賞品がポーションとかどうだろう? 庶民が喉から手が出るほど欲しいはずだし、製作コストは安いし。でも、そうすると私達三人が上位を総なめにしては、大変心証が悪いのではないだろうか? 貴族な上に、いつでも聖魔法を行使出来る聖女が一位って。凄く引かれそう。ダメダメそれは駄目なやつ。応援する方でないと。
「ロレッタ?」
「はい」
私は夢中で選手権の段取りを考えていたところ、シリル様に声を掛けられる。
「君が人を襲うとしたら、何時に襲う?」
「?」
人を襲う時間など考えたこともない。
しかし、この質問の意図は当然そんなことは分かった上で聞かれている例え話のようなもの。つまり襲いはしないが、もしもそういう想定ならばどう動く? ということだ。うーん。
「草木も眠る丑三つ時というのが一般的ではありますね?」
「まあ、そうだね。それが想像しやすい時間かもしれない。日が落ちて、全ての人が眠りについて、静かで、世界が眠っている感じすらするからね。でも午前二時から夜明けまでそれ程時間がないよね?」
「……そうですね? 考えてみれば春先の日の出は五時を切る位ですから、三時間。闇に紛れて撤収ということまで考えると午前四時には終えたいところですから、自由になるのは二時間くらいになりますね」
――つまり。夜明けを確実に避けるには遅いということだろうか? ならば午前零時。街の鐘は春先は日の入りを考えて五の鐘が仕事上がりで七が終鐘になる。そこから、もう完全に陽が落ちれば夜の世界が始まる。夕食を食べて、明日に備えて寝る。ただ、この街は大きくて、光魔術の街灯が設置されているので、若干宵っ張りだろうか? それでも昨夜の様子を考えれば九時にはもう誰も歩いていないのではないか。ならば十時? そうすれば夜の時間はたっぷりあって、そんなに急いで無理に押し進める必要もない。
「それを考えれば十時くらいが良いかもしれません。相手の動きや想定外のことに対応できます」
「……そうだね? それくらいが良いよね」
シリル様はニコリと頷く。
でも手元はせわしなくテグス結び。
凄い王太子殿下、魔法ではなく、生活系がかなりマルチタスクですね?
「飛んで火に入る夏の虫ではないけれど、用意周到なところに、『今晩は』なんて現れる人間は作戦を司る者として不適切だ。相手の予測通りに動いていては負け試合。戦いは戦う前に勝負を決めなくてはならない」
「…………」
「一般の人間が襲撃は二時だろう? と予測していたら、二時には行かない。対策を練られている可能性が高いからね」
「つまり、私達はシトリー領に、意表を突いた時間に到着するべきだということですか?」
「……うーん。それだと四十点」
低いっ。
つまり完全に外れという意味だろう。
でも零点ではないのは、優しさというか思考努力への加点だろうか?
「光の梯子を作りきった、出来た~。という所で襲うよりも、勿論作り途中の方が嫌な感じがする。相手が襲われることを一番嫌がる時間に襲うことがポイントかもね」
私だったらいつだろう? 入浴時間とか着替えの時間は嫌かもしれない。直ぐに行動に移せない。そもそも服を着なければならない。その手間と戦闘服を着ていないところが、戦いにくいのだ。入浴と着替えをパスして、ここから先は常にリフレッシュで身支度を調えるのが良いかもしれない。そして寝るときも制服? そう考えると、交戦の可能性がある最中というのは常に緊張を強いられる。疲れてしまいそうだ。抜くとこ抜いてメリハリとは何処で着ければ良いのだろう?
一般的に野生動物に隙が生まれるのは、就寝、食事、排泄だ。この三つは敵に襲われる可能性のある動物の場合、かなりナーバスになる。周りをキョロキョロと確認したり、耳をそばだてたり。
食事と就寝は交代で行うとして………。
「………私は今後一人でトイレは行けないと?」
「え?」
「襲われて一番嫌な時間です」
「………大丈夫。トイレは偶発的なので予測時刻が導き出せないから」
「…………悩ましいですね」
「?」
「では、シトリー領でトイレの時間を狙うというのもなしですね」
「……もちろんなしだ」
王太子殿下と第二聖女は本気でトイレについて話し合った。
私達、なんの話を真剣にしていたのでしたっけ?
シリル様は仕切り直しのために、二度ほど咳をした。
「そういう話ではなくてね、相手の裏を掻く技術の話なのだけども。ロレッタは空間転移魔術を悪辣に使う方法を考えたことがある?」
「………まったくありません」
「どこに転移させられたら一番嫌?」
「………トイレ」
「ロレッタ。トイレから離れて」
「…………」
「例えば、ここに毒薬があるとする。どこに転移させるのが一番有効かな?」
「?」
確実に飲ませる場所への転移。
それはもちろん。
「人体です。空間の魔術師は世界を繋ぐ。魔界、異世界、そして人体なども繋がるのではないでしょうか?」
繋がる。
繋がるとしたら、それは最強なのでは?
相手の口内、いや胃に直接毒を転移させれば一発だ。
考えればかなり恐ろしい。
「正解。相手の体内に転移させれば即死。勝ったも同然。けどね――それには座標が必要になってくる。アクランド王国の魔導師は真名を持っている。それはもちろん戸籍にも登録されていない。名付け親しかしらない真名だよ? 成人すれば本人も知るところになる。真名がなければ体内の座標は開かない。ロレッタの真名はたぶん、シトリー伯爵しかしらない。予測だけどね」
………私、自分の真名、知らないです。
真名の存在も知らなかった。
そうなんだ?
子供が知らないのは、しゃべってしまうから? だろうか。
「だから基本的に体内座標は開かない。故に、体内への転移は不可能」
「…………」
「それに空間転移は何度も何度もは使えない。魔力の問題で。アリスターみたいに魔物の魔力を借り受けることが出来る闇の魔導師の場合は比較的何度も打てるけどね。だから、百人いたら百人の体内に転移させるのは座標を知っていても難しい。それよりも空間に閉じ込めて毒を吸わせた方が早いくらいになる」
「…………そうなのですね」
つまり制約が厳しいと。
真名を知っていて、尚且つ一人を狙い撃ちにする時に使うというのが、人体への直接転移。
それは、合戦ではなく個人に使う用途だと。そういうことですね?








