【240話】王都へ帰るもの。
従者の方へのお守りは上着のポケットではなく、直接渡すことにしました。
その部分は改稿してあります。
私は街の入り口で、馬車に乗ると、座席にバスケットを置く。
従者の方は御者台に上がるから、馬車内は弟三だけになってしまう。
それは暇ではないか?
いくら窓から景色を見られるからって。
一日中ずっと景色はどうなのだろう?
のんびりした感じではあるが………。
「弟三。というかミシェル。君は御者台と馬車の中とどっちにのる?」
ミシェルは少し考えて御者台かな? と答える。
「次の休憩場所までは従者のおじさんの横で」
「おじさんの横にしますか……」
私は従者の方に、事細かく色々言付ける。
光の糸の事。
ポーションの事。
お昼御飯のこと。
多分既にルーシュ様から聞いていることなのだろうが、従者の方は嫌な顔一つせずにきいてくれた。人徳者だわ。
私は壮年の、多分エース家でも古参に入るこの従者をまじまじと見る。
目立つタイプの容姿ではないのだが、身綺麗で好感の持てる使用人の方だと思う。
「あの、これを」
私は完徹して作り上げたお守りを渡す。
「私が昨日作り上げた聖魔法の魔法陣が縫い込んであるお守りです。光のシールドと治癒魔法の二つです。ミシェルにも渡してあります。どうか道中の安全の為に持っていて下さい」
そう言って渡すと、彼は少し驚き、私とお守りを交互に見ている。
「……本気ですか? こんな高価なものを一従者に渡すなんて」
一従者って。
私も一侍女です。
同じ使用人ですから。
「高価ではないから大丈夫ですよ? だって私が出した光の糸で縫いましたから。糸代すらかかっていないのです。馬車を思うように運行できる技術は凄いと思います。少なくとも私には出来ません。それはあなたが練習により取得したものですから。価値の高いものだと判断しています」
「………そうですか」
「そうですよ。私だって御者のライセンスが欲しい」
「そうなのですね?」
「ええ」
「ではいずれお教えいたしましょうね」
「はい、ぜひ」
嬉しい。これで私は必要な時に御主人様に御者のライセンスを見せてドヤ顔が出来る。
使える侍女への階段を一歩上った気すらする。まだ持っていませんが……。
「あなたは変わった魔法省官吏ですね」
「え?」
魔法省官吏というかエース家の侍女ですっ。
使用人仲間じゃないですか……。
侍女姿の時に、使用人全員に紹介して頂いた。
彼とも何度か会っている。
認識されていない訳はないと思うのだが。
「……いや、官吏というか、こちらはアルバイトでエース家の侍女が本職ですよ?」
「え?」
「いや、侍女が本職」
「は?」
「ん?」
「魔導師で侍女が本職の方はいませんよ? 仮の姿ですよね。何かご都合により一時的に侍女なのですよね?」
「いえいえいえ。一時的なんて滅相もない。生涯侍女です」
「え?」
「一生侍女です」
「……失礼ですが第二聖女様ですよね」
「失礼ではありません。正真正銘の第二聖女です」
「聖女様が侍女?」
「はい。聖女ですが侍女です」
「…………えー……」
従者の方が言葉を失ってしまった。
「聖女が侍女だと便利ではないですか?」
「……便利ですか?」
「はい。例えばバケツの水を一瞬で満たせます」
「…………えー……」
それは侍女ではなくメイドの仕事では? と従者の方がブツブツ言っている。
「御主人様がお茶を零したら直ぐに拭えます」
「……………」
それはそうだけどもなどとやはりブツブツ言っている。
何故そんなにぶつぶつ。
「…………宝の持ち腐れという言葉をご存じですか?」
「もちろん知っています。役に立つものを使用しないで放っておくことです」
「……ご存じでしたか」
「ご存じです」
「そうですか」
「そうです」
「ちなみに第二聖女様の宝は何かご存じですか?」
「……そうですね。火急の時でも御者ライセンスを持っている(予定)侍女でしょうか?」
「……………」
従者は再度黙り込んでしまった。
「そうですか」
「そうです」
「それは便利な侍女ですね」
「そうでしょうとも」
小さな溜息が聞こえた気がするが、気のせいでしょうか。
「第二聖女様の尊い聖魔法で作って頂いたお守りは大切にいたします」
「はい。心を込めて作りました。あなたを守ってくれますようにと」
「…………治癒魔法というのはとても貴重なものです」
「はい」
「聖女様の祈りは大変貴重です」
「はい」
「理解していらっしゃいますか?」
「理解しています」
「将来はどうする御予定ですか?」
「エース侯爵家に侍女として終身雇用されるのが夢です」
「………そうですか」
「そうです」
「……………」
従者の方は一瞬青い空を見上げた。
「高く遠い夢ですね」
「………そうですね」
私もつられるようにして、青い空を見上げた。
空のように高く遠い夢です。








