【236話】戦う前の常道
リエトと別れたのは六年前。
今は弟三と同じくらいに成長しているはず。
思えば鬼の聖女科コース。
六年間、領地に帰ることすらままならなかった。
長期休暇中は、孤児院や教会へ慰安に行っていたり、課題をやったり、薬草を育てたり。
勉強も大切だけど、やっぱり家族には会いたかった。
弟の背はどれくらい伸びているだろう?
あの蒼い髪を撫でたいな………。
彼の髪は柔らかく猫っ毛なのだ。
私みたいなド直毛と少し違う。
元気かな?
そこまで考えて元気な訳はない。
彼は人質に取られているのだと頭を振る。
シリル様がなぜかずっと持ちつつけている雪玉草のポーチを、私はそっと手を伸ばして受け取る。
こっそり私が開ける為と、発作的に触りたくなってしまったのだ。
表面をふわふわ撫でる。リエトの髪もこんな感じ。
「シトリー家の面々は人質になっていますか?」
私がシリル様に聞いたら、彼は私の頭をよしよしと撫でる。
「心配?」
「……………」
「大丈夫だよ? 闇の賢者はシトリー家の面々には手を出さない。彼の目的は僕らの力を徹底的に削ぐこと。そうすることで戦う前に勝敗を決すること。優位に交渉する武器。彼が人質をとっているのは、僕とルーシュに手を出させない為だから、その目的が果たされるなら乱暴なことはしない。理不尽な乱暴は彼の流儀に反する。彼は腐っても賢者。悪人ではないからね」
「…………」
「そして僕らは君の弟を無傷で助けると決めているから、闇の賢者には手を上げない。僕らがそんなことをすれば、時空間から召喚された蚕がロレッタの弟を覆い尽くす。一匹や二匹なら瞬時に落とせるが、人質を覆った大量の虫を落とすのは難儀。一匹くらいは魔法陣が発動する」
私は通常の三倍はあろう蚕の姿を思い出す。
雷や炎ではなく初撃は光の網で捕まえるのが良いのではないだろうかと突然考えつく。
何と言っても只の網なので人質が傷つかない。
でも――
問題は光の網の存在が蚕の主にバレているということだ。
出した瞬間に解除されるかもしれない。
網はそれこそ攻撃力は皆無なのだから。
「雷の賢者と炎の賢者がハイブリット剣士なのは知っているよね? その剣は代々各属性の血統継承者つまりは僕とルーシュなんだけど、僕らに引き継がれるはずなのに、手元にないんだよ?」
剣というのは、骨董品屋でルーシュ様とシリル様が話していた内容だ。
「魔法だけでももちろん戦える。でもね? 僕は去年まで騎士団に所属してたし、剣があった方が断然に戦いやすい。この剣は十中八九闇の賢者の末裔に封印されている。だからさ――」
シリル様はそこで一端言葉を切ると、少し笑う。
瞳の奥は笑っていないやつ。
シリル様は今回のお話中、ずっとこんな笑い方をしている。
「僕らのアキレス腱は全て押さえられているって訳」
にこにこ笑っているが、言葉は物騒。
「明日出発の予定だったけど、明後日に延ばして、明日は作戦会議と準備に使おう。馬車は返して騎馬で行くことになる。従者と弟三は馬車と一緒に王都に送る」
「………私、乗馬は初心者ですよ?」
妃教育で嗜み程度にしかやっていない。
そもそも妃はそんなに乗馬必須ではない。
「僕が乗せてあげる~」
シリル様が乗せる宣言をしました。
ああ、久し振りに瞳の奥まで笑っているやつ。
身分的に考えて、私は王太子様と同乗はなさそうだな………。
そんなことを密かに思った。
思った瞬間、ルーシュ様の言葉が追従する。
「王太子は乗せるな。有事の時に動きにくい。俺が乗せる」
「有事の際は僕とロレッタは逃げるから、ルーシュは盾で」
「待って下さい。盾は私の役目です。私、やっぱり自分で乗ります。そうじゃないと思うように動けません」
「「……聖女は盾にはならない」」
ルーシュ様とシリル様の声が揃う。
「聖女である前に侍女です!」
「それ絶対侍女である前に聖女というところだよ? ロレッタ順番考えて!」
シリル様が聖女の私に突っ込みを入れる。
「そうですか?」
「そうだよ。ロレッタは事実上の第一聖女。侍女はその次」
「侍女が現職ですよ?」
「聖女は現職とかじゃなくて、定義だし」
「定義?」
「そうだよ? やめたとかやめないとかいう次元のものじゃない。僕が雷の魔導師であるように、君は聖女なんだよ。これまでもこれからもずっとそこは変わらない」
「……難しいですね」
「難しくないよ? シンプルだよ。学園を卒業しても、教会に所属していなくても、王子の妃にならなくても、君は君で誇りある聖女なんだよ。侍女であってもそこは変わらない」
「………分かりました。順番はお譲りします。私は聖女で侍女です。順番は違っても侍女であることも事実なので御主人様の盾になります!」
「全然分かってない! 意見が変わっていない! ついでに結論も同じ!」
「?」
「聖女は誰の盾にもなってはいけないの」
「?」
「分かった?」
私は首を傾げる。
あんまり分かりません?








