【235話】私が気になる所。
蚕が砂になってからルーシュ様とシリル様が話していた言葉。
シリル様の護衛をしてた影が一人いなくなってしまったのだ。
短い遣り取りだったけど、ハッキリそう言っていた。
あの……弟三の家で契約書を契約魔術にしてくれた闇の魔導師だ。
専門は刻印の魔導師。
彼がこのタイミングで離脱した。
なぜ離脱したか?
それは当然このタイミングでバレたからだ。
誰にバレたかというとシリル様に。
そしてルーシュ様に。
弟三の姉に蚕が舞ったのだ。
どうして?
それは、弟三の家に弟から搾取して奴隷のように扱った姉がいると知ったから。
なぜ知ったか?
それは――
情報が漏れたから。
蚕の主に伝わった。
こんな事件がありましたと。
そして蚕が送られた。
送られれば情報の漏洩は顕著になる。
私達が蚕に気付く可能性は高くはないがゼロではなかった。
そして蚕を目にしたこと、追ったことはもちろん護衛は把握している。
誰が漏らした?
一番に疑われるのは、影の一人である闇の魔術師。
だってあの弟三の家で何か起きたのかは、私達三人と影の三人しか知らない。
既に離脱しているのなら確定だろう。
私達三人の情報は全て蚕の主に筒抜け。
蚕の主とはアシュリと呼ばれるエルズバーグの次期当主候補。
なせ蚕の主がエルズバーグの当主候補であるアシュリという者なのか?
シリル様の中ではそれは既に確定してるようだった。
エルズバーグの特殊蚕を使役する、闇の魔術師。
そんなものは簡単に絞られる。
当主か前当主か次期当主か………。
前当主と現当主が違うなら次期当主候補であろう? と。
そういう推理が成り立つ。
――ロストから帰還
この言葉はどういう意味?
ロストとは消失のことで、帰還とは戻ったことをいう訳だが……。
ルーシュ様とシリル様の間では情報共有をしていたみたいだった。
アシュリという人はロストして帰還したのだ。
……ロスト。
どこに?
失踪ではない。
蒸発でもない。
ロストって何?
「………あの、シリル様、ロストとはどういうことでしょうか?」
シリル様が私に視線を向ける。
「ロストはね。事故でその人を見失うということだよ?」
「つまり行方不明ということですか?」
「僕らが生まれる直前、一人の学生が任務中に姿を消した。その学生は時空間に干渉している時に突然いなくなったから、時空間にロストしたのではないかと言われている」
「………学生ですよね? 高等部の頃ですか?」
「うん。それくらい。任務の時期が十九年前から二十年前になるから。その時に時空間に干渉出来る魔術師は一人しかいなかった。アシュリ・エルズバーグ。闇の血統継承保持者として庶民からエルズバーグ家に養子に入っている。エルズバーグ家のかなり遠縁に当たる子で、分家の分家の分家なんてもんじゃなくて、五代くらい前まで遡る血統なんだよ」
「……そうなのですね」
それは苦労しそうだなと直感的に思った。
庶民からエルズバーグ家か……。
現当主にしてみれば、どこの誰ですか? というくらいなものだ。
それを引き取って、息子にする。
当然、自分の血を分けた息子がいる。
シトリー領にある日知らない男の子がやって来て、今日から次期当主です。と言われたら。
………貧しく借金だらけの領なのでむしろ気の毒な気もする。
シトリー領は例にならない。
セイヤーズ領だったら。
水の魔導師の総本山セイヤーズ。
今まで全て直系が継いでいるのだろうか?
一度くらい傍系や養子というのもありそうだが………。
でも血統継承が出ている以上、当主にはしなくても、身内としては歓迎しそうではある。
セイヤーズは血統継承がイコール当主ではない。
養子にはしそうだが、当主にはしない抜け道がある。
なぜなら父が当主ではないのだから。
直系なのに当主ではない。
ならば養子なら尚のこと当主にはならないのかもしれない。
一族にして、引き取る方が丸く収まりそうだ。
――しかし
そもそもが雷の魔導師は王家以外から出た事がない。
これも不思議と言えば不思議な気がする。
例えば、雷の魔導師の子が五人いる。
全員が聖魔導師だった場合、一番魔力の高い子が次期王になる。
他の四人は王家に残って王を補佐するか公爵家に降下する。
すると直系も王家を離れるわけだ。
過去、公爵家に雷の血統継承が生まれたことはない気がする。
王国記を全て読んでいるが、全てが王家に生まれているし、王になっている。
雷の魔導師が暗殺されたり、廃嫡された過去はないのだろうか?
どうなのだろう?
王国記が全て正しいとは限らないが……。
兎に角、アシュリという学生は結構気を遣う立場であることは間違いない。
その上、学生時代に大切な任務を任された。
この時にロスト。
ルーシュ様の言葉から考えれば、第一聖女に干渉した闇魔導師はアシュリとなる訳だ。
だから、彼には罪があると。
ロストから帰還していて、それを王に報告せず、第一聖女に干渉した罪。
しかし、その罪は問えないと。
なぜなら、既に用意周到に準備され、こちらの情報は筒抜けで。
弟が――
あの蚕はシトリー領の方から飛んできた。
シリル様が言っていたではないか、領主館には行かない方がいいと。
シトリー家の面々の無事を第一優先すると。
――そうなんだ。
つまり、弟は捕まっていると。
使用人なんてほぼいなかったのだが、弟一人を置いてくる訳にはいかないから、多分給料を払っていない使用人がいたのだろう。シトリー領では給金を払えないから、セイヤーズ家所属の方。セイヤーズの家令の五男とか。そういう繋がりのお手伝いが派遣されていた?
リエトと別れたのは六年前。
まだ彼は四つだった。
私達は六つ違いの姉弟なのだ。
地味で目立つことが嫌いで。
左目を気にしていつも隠していた。
彼の右目は蒼の魔術師こと透き通る青い目をしている。
でも左目は――
氷の魔術が紡げないのに、恥ずかしい。
そう言って隠していた。
私も氷は紡げない。
瞳は父にそっくりな色をしていますが………。
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