【233話】広がる空間2
私達は三人でしゃがみ込んでしげしげとポーチを見つめる。
雪玉草のポーチ。
黒くてふわふわで手触りが良い。
持っていると、こう頬を近づけてすりすりすりすりしたいレベルだ。
とっても高級な糸で編まれていて、貴族でもおいそれとは買えない値段。
ルーシュ様は迷わず購入したが……。
三の鐘が鳴ってから受け取りに行って、その時と外側の仕様は変わっていない。
三角の耳が二カ所。そして楕円形の顔。ショルダー部分は頑強な紐で出来ているのだが、サイドに雪玉草が遇らわれていて、これがとっても可愛い。更に制服のベルトに止めることも出来る仕様。猫の形を模したことでオリジナルの鞄になった。
そのオリジナルポーチを囲んで三人は固まっていた。
「シリル、もう一度開けてみろ」
「……いや、ここは遠慮するよ。隊長どうぞ」
「………隊長」
「隊長というか課長ですよね、ルーシュ様は」
「…………」
大切なところなので訂正しましたが、二人はそこは別に突っ込む所ではないという顔で私を見ている。いえいえ大切ですよ? 御主人様の階級正確にです。上がるなら兎も角として、下がるなんて論外です。六課の責任者ですよ? 騎士で言えば、第六騎士団長くらいの階級ですから。騎士団とは人数が全然違いますけども、でもお立場はそんな感じ。
「六課長でも大隊長でも中隊長でも小隊長でもいいから、次に開けるのはルーシュで」
そう言ってシリル様がポーチをルーシュ様に渡そうとする。
「……あの、私が開けましょうか? こういうのは一番下っ端の平隊士が適役ですよね? もしもの時を考えれば、王太子殿下は次期国王陛下ですから間違えがあってはいけませんし、ルーシュ様は次期エース家当主な上に魔法省次期長官。絶対に何かがあってはいけないお立場です」
「いや、ロレッタ聖女だし、この国の事実上の第一聖女だよ? 間違いがあってはいけないのはロレッタも同じ。しかも僕の方が身分は上なのに、ルーシュの方が絶対を付けられてる!? 」
「…………」
ん?
絶対の場所?
『絶対何かあってはいけない』という所?
「召使いですので、最後は御主人様の盾になります。御主人様の命令があれば御友人の盾にもなります」
「未来永劫そんな命令はしない」
ルーシュ様がきっぱり言い切る。
「僕もそんな命令は求めてないけども」
「じゃあ、満場一致で私が開けるので良いでしょうか?」
「「それは違うっ」」
ルーシュ様とシリル様の声が揃う。
息が合ってます。
流石親友。
「三人とも一度は開けているのだから、特に何か起こるということはない筈だ。ただ現存するマジックバッグは存在しないというか、伝説というか……気軽にあっていいものではないというか………」
ルーシュ様がブツブツと言っている。
「あれだよね……七大賢者の荷物は闇魔導師が一手に引き受けていた。つまりは所有者は彼で彼以外は使っていないという………」
そこまで言ってから、シリル様は何かが思い当たったのか、ニッコリと微笑まれる。
目が笑っていないやつです。
「わー間違いない。ここまで考えてハッキリ分かったよ? 剣のありかがね。あの剣は劣化させないように封印されているんだね。時の空間に」
「……時の空間に?」
「そうそうロレッタにとっては馴染みのあるあの空間。時の進まない空間。あれはね凄く便利で、あの空間があるからこそ蚕に覆われた真珠の空が存在するんだよ」
「真珠色の空……」
「そう。闇の賢者は闇魔術の開発者であり初めて体系化させた始祖のようなもの。刻印の魔術も召喚の魔術もどちらも使いこなす。刻印の基礎を作り上げた人間でもあるし、魔物の使役も理論立てて提唱した。蚕というのは成虫になると飲まず食べず一週間で亡くなってしまうわけだけど、時の止まった空間を利用することにより、何千何万と同時に放つことが出来る訳。だから彼は時空間で蚕を囲い、必要な時に刻印を焼き付け、スライムの魔力を借りる。彼に足りない最大の弱点は一対一の近接戦なのだけど、それは魔物がカバーしてくれる訳だ。魔力量もね」
「………自分の弱点を理解し、既に対応していたと」
「そう。闇魔術を最大限に利用して弱点を一つ一つ潰していった。彼の最大の武器は闇魔術ではなく、頭がいいところだと思うよ? 緻密で計算高い。本来アシュリという次期エルズバーグの当主はそんな用意周到な人間ではなかった。控えめで、少ない魔力に悩まされる真面目な学生だったそうだ。シトリー伯爵の同窓だった」
「父の?」
「そう。仲が良かったらしいよ? お互い研究肌な部分で気が合ったのかもしれないね」
確かに父は領政よりも魔法研究している方が似合う。
「……でも、今のアシュリは学生だった頃のアシュリとは違う。伝説の闇の賢者そのもの。人格は違うかもしれないけど、何らかの事象が起きて能力が踏襲された。まあ有り体に言って最強みたいな……」
シリル様は雪玉草のポーチを手に持ちながら笑っていた。
やっぱり目が全然笑っていないやつです。








