【231話】僕らは始めから
白くサラサラとした砂が私の手から零れる。
さっきまで蚕だったものが、砂に変わってしまった。
魔法が発動し終えたら、蚕は砂になるのだな……とぼんやりと考えていた。
砂を綺麗に集めて袋にしまう。
エース領の砂浜に撒こうか………。それともシトリー領の花の麓……。
ルーシュ様に寝かされた弟三の姉を見る。
静かに、規則正しい呼吸を繰り返している。
弟三のことを人として扱わなかった人。
弟に犯罪を犯させ、自分はその全てを搾取する側。
そんな弟を最後はいらないと、彼の前で言い切った人。
弟三の前でそんな言葉言わせたくなかった。
聞かせたくなかった。
そんな後悔が私の中にある。
「……ロレッタはなぜ悪人が人格矯正印を刻まれるか知っている?」
シリル様はルーシュ様に撤収の合図をしながら私の手を引いて、外に連れ出す。
蚕は砂になってしまったし、人格矯正印は執行された。された以上は私達にはどうすることも出来ない。速やかにいなくなることくらい。
弟三の家を出て直ぐ、シリル様にそんな質問をされた。
悪意のある人間に人格矯正印を刻む意味。
「七大賢者の一人、闇の賢者はこう考えたんだよ? 人を平気で殺すような悪意の強い人間、反省の色のない人間、何度でも同じことを繰り返す人間、そんな人間を生かしておくとね、何が起こるか分からない。捉えていたはずが逃げる。恩赦が下りる。天災が起こる。生きていれば何が起こるか分からない。一寸の虫にも五分の魂と言ってね、悪意のある者が復讐心に駆られると、異様な力を発揮して卑劣な手口で寝首を掻きに来る。魔導師だって寝るわけだし、油断もゼロじゃない。けれど殺すとなるとこちらの気分が悪い。というわけで人格矯正印が開発された訳だ」
「…………」
「………思い出したよ……。真珠色の空をね………」
「……真珠色の空?」
「そう。戦い前夜の景色。その瞬間に勝敗は決するわけ」
スラム街を出た所でシリル様は手を上げて影を一人呼ぶ。
「闇は?」
「見当たりません」
「………そう。ならば日中の護衛はルーシュにさせるから、君らは夜と夕のみで」
「……しかし」
「パフォーマンスが落ちるからそうしてね。命令だよ」
「……………」
影は渋々頷いて下がって行く。
「……ルーシュ、護衛の影が離脱した。もちろん闇の魔導師だ」
「………」
「僕らの行動は全て筒抜け。魔法剣もたぶん彼の手元。そして蚕が用意されている。既に詰んでる」
「………」
ルーシュ様は目を眇める。
「捕り物が一瞬でお願いに変わった瞬間かな?」
「……元々優位交渉が目的だろ」
「そうだっけ? まあ闇の賢者の力を全て覚醒させた人間にとっては、僕らはひよっこ以外の何ものでもないしね。優位どころかかなり不利交渉になった」
「シトリー領に入るのも難しいと?」
「どうだろう? そこは難しくはないと思うけど。目的地は領主館ではなく僕の別荘の方が良さそう」
「……ここに来て推し活で購入した別荘」
「そうそう。推し活の第一拠点。管理者を置いてあるから快適だよ? メイドもいるし」
「それはそれは」
「部屋もいっぱいあるし、裏庭は自給自足を可能にする畑がある。庭師という名の農夫も雇っている」
「本格的だな」
「ああ。だって近くに大きな街がない。街道から逸れているからね」
「……確かにな。この街でたんまり買い込んでいくか?」
「……運ぶ方法も考えてから実行しよう。取り合えず現時点での状況の共有から。……問題は山積みだけど、とにかく宿に帰って寝よう。弟三も心配するし、連続徹夜は脳神経に良くない」
「それはそうだな」
「僕らが殺されるなんてことは、闇の賢者の邪魔さえしなければないだろうし」
「俺たちはこれから邪魔をしに行くんだろう?」
「だから邪魔をしませんと伝えるんだ」
「どんな弱腰王太子だ」
「いいんだ。敵わないものに上手にでてどうする」
「決めつけすごいな」
「最低限、シトリー家の面々が無事ならいい」
「ロストから帰還したことと、闇の血統継承者としての報告義務はあるぞ。第一聖女への加担の件はどう処理する?」
「……寝てから考える。ロレッタの命を危険に晒したことは許しがたいが、更に晒すのは本末転倒」
「それはそうだな」
「……色々知りたいしさ。僕らが蚕に襲われることはないだろう?」
「どうだろ?」
「まあ、そこだけは影にしっかり言っておく」
「蚕の侵入に注意か?」
「そう。大切だろ」
「当面な」








