【023】『永久水差し(王太子専用)』
永久水差し……か。王太子は夜中に『悪いが水を頼む』という妄想をその名の通り永久に失う事になる。なんせ水が永久に無くならないわけだ。想像するとちょっと面白い。あの王太子の推し活力ならば、一晩中かけて水差しの水を飲み干しそうな勢いだったから。こちらとしてもエース家に泊まると、王太子が腹を壊す等という不名誉な噂が立てられてはたまったものではない。しかし初日は永久水差しである事は黙っておこうか? 水を飲み始めてから気づくのが楽しいかもしれない。
ルーシュは色々な状況を想像して、うっかり王太子が早く泊まりに来ないか? と考えてしまい、その考えに頭を振った。いやいやいや、何言ってんの?
ああ嫌だ。あんな悪友というか、王族というか。そもそも六大侯爵家の子息と王族の子息というのは、幼い頃より何度も引き合わされる。ついでに学園が同窓であると大分付き合いが長くなる。ルーシュと王太子も御多分に洩れず付き合いが長い。
そもそも陛下と魔法省長官である父が仲が良い。仲が良いと言うよりライバルというか何だろうね? 会えば嫌みとか言っている。仲が悪いのか? そこまで考えて陛下と父の関係は、自分と王太子の関係に似ているのではないかと気づき、地味にショックを受けた。
机の上には第二聖女が書いた論文が置かれている。閲覧用だけあって、もの凄く読み込まれている。違うインクで線とか引かれている。熟読どころか参考書として使っていないか? 一晩掛けて読み解いて見よう。
「ロレッタ・シトリー」
「何でしょうか? 御主人様」
「御主人様は父と被るので、ルーシュと」
「雇用主様を名前で呼ぶのですか?」
ロレッタは首を傾けて、こちらを窺う。
いやだって、二歳しか違わない伯爵令嬢にご主人様は微妙に違和感がな……。
「お坊ちゃまでしたか?」
「それは違う」
「では若御主人様?」
「……違う」
「旦那様?」
「……いや、それもちょっと」
「若旦那でしたか?」
「いや、それって領地の民とかなら有りな感じだが。ルーシュと呼んでくれればよい」
「それは本当に侍女が使う呼び方なのでしょうか? 高貴な方の名前を下賤の者が口にして良いのでしょうか?」
「いや、ロレッタは伯爵令嬢だろ? 下賤って……」
こちらとてうっかりするとロレッタ嬢と呼びたくなるんだぞ。雇用主だから呼び捨てにしてるが。
「あの、私うっすら思うのですが……。伯爵令嬢というのはいつまで伯爵令嬢なのでしょうか? 成人して家も出ています。結婚すれば旦那様の爵位で呼ばれるのでしょうが、未婚の場合ずっと父の爵位で呼ばれます。ですが、この爵位というのも大変心許ないと言いますか、いつでも庶民になりそうな雰囲気のする家でして。つまり簡単に言うと没落というんですか? 今回第二王子殿下に婚約破棄されたのを契機に没落貴族になり、爵位剥奪が目の前に迫っている気がしてならないのです。もう一層の事、庶民だと思って接して頂いて構いません」
「………」
何を宣言しているんだ、この伯爵令嬢は。庶民として接するなんてこちらが構うわ。
「やはり庶民の王道ロードとしてはですね、まずは一番下のメイドから入り、二十年くらい掛けてメイド長に成り上がり、更にそこから十年掛けて侍女に出世するなんていうのが格好良いのではないかと悩んでいるのです」
「君が何に思い悩んでいるかは分かったが、今は確実に伯爵令嬢なのだから、その身分を誇りに思いたまえ。そしてあるものは利用する逞しさも身につけると良い」
王太子の逞しさを見てみろ。身分も金も権力も遠慮なく利用しまくりだぞ。見習え。というか自身が聖女である事を忘れてるぞ。王子妃候補にならない聖力の低い聖女であっても、教会に入ればトップクラスの扱いが待っている。その上、水魔法も使えるのだ。魔法省にも入れる。三十年もメイドとして寄り道をして何をする気なんだ? メイド職でも極める気なのか?








