三章②終話 儚い虫と共にみる夢
シトリー領・領主館
アシュリ(六大侯爵家エルズバーグ次期当主)→リエト(シトリー伯爵令息)視点
室内に真珠色の翅をした、蚕が舞っている。
飛んだり、止まったり、好きなよう、気が向くままに。
それは幻想的で、そして歪な空間。
通常の蚕の三倍はあるだろうか?
小鳥と間違う程の大きさだ。
優雅に飛びながら、彼らは主人を止まり木にして降りる。
蚕の中心には、紫紺のローブを羽織る男がいた。
年の頃はハッキリしない。
老獪そうに見えるが、顔つきは若い。
中身と外見のアンバランスさを感じる。
男が手を空中に差し出すと、一匹の蚕が止まる。
「上手くいったみたいだね?」
そう言いながら、蚕に微笑みかけると、蚕はそのふわふわした頭をちょこんと傾ける。
無垢で、純粋で、忠誠心に篤い。
男は蚕が大好きだった。
愛おしい自分の一部。
養父に引き取られた時から、側に蚕たちがいたように思う。
エルズバーグの使役する蚕は特別な蚕。
エルズバーグの絹は成虫の羽化を待ってから絹にする。
繭は紡ぎ出荷するのだが、成虫は一週間という限られた時間のみ使役する。
幼虫は絹を吐き、成虫は人格強制印を運ぶ役目を担う。
蚕こそがエルズバーグの真髄。
蚕を使役できて、初めて当主候補と認められる。
男の髪は長く、特殊な色をしている。
紫の髪。
瞳もやはり紫水晶のような、サファイアのような中間色をしていた。
「ソフィリアの街のことですか?」
男に答えたのは、まだ小さな少年と言える程の者。
「そうだよ? 醜悪なゴミが一つ浄化された」
「……そうですか」
少年は蒼い髪をしていたが毛先はやや淡く、片眼が前髪で隠されていた。
「僕は綺麗なものが好きなんだ」
「……そうなのですね」
少年は男に逆らわず相づちを打つ。
「君は人質。分かっているよね?」
「分かっております」
「下手に逆らって誰かが死ぬ事になれば、気分が悪い」
「存じております」
「ゴミがゴミ箱に捨てられるのは必然だが、美しい者の犠牲はいつもつまらない……」
「承知しております」
少年は床に跪いている。
綺麗で落ち着いた少年ではあるが、瞳はやや釣り上がっている。
「リエトは可愛いね」
「…………」
男は少年の顎を掴み上を向かせる。
隠れている方の瞳を露わにする。
水の魔導師の瞳は蒼。
氷の魔導師の瞳は薄い空色。
闇の魔導師の瞳は紫をしている。
リエトの右の瞳は蒼色をしている。
「その左目」
「………」
「……何故隠す?」
「…………」
「侯爵家の当主に据えられない為だよね?」
「…………」
「逃げなくてもいいじゃないか? 君が侯爵位につくのは必然といえば必然。どう足掻いてもそこに納まるように出来ている。リエトの瞳にはそそるものがあるからね?」
「………期待外れですよ?」
「外れていないよ」
男の声は優しい。
「エルズバーグ家は継がないんですか?」
「行く行くは継ぐよ? でもそれは先の話。今はそう、シトリー領でちょっとやってみたい事があるから」
「あなたが考える国作りですか?」
「そう。僕が考える国作り。雷の魔導師は温くてしょうがない」
「あなたは冷たそうですね」
「まあ、七人の中では一番非情だったのは否めないね」
「そうですか」
「でも、そういう人間もいないと困るんだよ?」
「そうかも知れませんね」
リエトは目の前にいる人間にニコリと微笑んだ。
シトリー伯爵である父が王都に向かって直ぐ、この領主館は静かに制圧された。
制圧なんて簡単だった。
だって領主の息子である僕と、執事とメイド、三人しかいなかった。
今まで制圧に縁がなかったのは、偏に貧乏だからだ。
金銭も有益な土地も産業も何も無い。
あるとすれば借金くらい。
そんなものは誰もいらない。
僕らは一瞬で陥落した。
抵抗らしい抵抗もしていない。
執事にもメイドにも抵抗するなと言った。
敵うわけがない。
彼はこの国で七本の指に入る、魔導師の頂点。
まだ、魔法を正式に習ってもいない、一介の魔導師風情の僕が敵う日なんて、未来永劫来ないだろう。
それくらい器が違う。
リエトは部屋に飛ぶ真珠色の蚕を見る。
全てに印が刻んである。
殆どは人格強制印だろうが、何匹かは違う気がする。
異空間に引きずり込む印なのか。
もしくは、魔界への転移門なのか。
それはリエトにも分からなかった。
けれど――
四大元素の使い手とは全く違う戦い方。
地味に強いし、怖い。
流石――闇を掌握するもの。
リエトはこの次期エルズバーグ家次期当主を遠い目で見ていた。
彼の周りには大きな蚕が舞っていて、その一匹一匹が真珠の悪魔。
悪魔の顔は、可愛いものなのだなと、そんなふうにぼんやりと思っていた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
三章②領地再生編終話になります。
2/1の書籍販売記念SSを挟みまして、三章③領地再生編最終章に入りたいと思います。








