第四十六話 儚い虫の夢2
虫捕り。
光の網ならお蚕様を傷着ける事はないはず。
私は空を見上げながらお蚕様を追う。
まだまだ高い位置を飛んでいるため、網を投げるというのも敵わない。
そんなに焦らずとも、やはり虫というものは、止まった時が捕り時というか……。
葉や幹などに止まったところを仕留めたい。
それになんだか幻想的なのだ。
冥い空に。
月明かり。
その明かりを羽に受けて反射する蚕。
シトリー領では絹の生産はしていなかった。
蚕を育てて、絹を取るとなると、まず蚕の幼虫を手に入れなければならないのだが、これが手に入らない。エルズバーグ家が独占してる。エルズバーグ家の肝のようなものでもあるし。
セイヤーズだとて、塩の生成方法を教えて下さいと問われて、こうですよ? 等とご丁寧に教えたりはしないだろう。技術は富の核心。そもそもその技術を開発するのに多大な労力を払っている訳で、おいそれとは漏らさない。そして漏らすということは、人助けに見せかけて、自領の民を殺す事に繋がる。他領でも開発されれば自領の優位性を失う上に、売れなくなる。売れなければ飢える。
どこの領主も自領ファーストだ。技術を守るのが領主の義務でもある。領主は最大の責任者なのだから。
他領に良い顔をし、自領の民を売った領主の為に、人は動かない。それは我が子への裏切りに良く似ている。自領を大切にしつつ、余力の部分で他領とも上手く関係を築いていく。アクランド王国の富は自領ファーストなのに、内乱が一度も起きていないことに起因する。
他領の富を奪うことではなく、自領に富を築くことに心血を注いでいる訳だ。その上、この自領ファーストの考え方が、アクランドファーストにも繋がり、家族→自領→自国と、一重目の小集団を大切にする、その為には二重目の集団も大切にする必要があり、更には三重目が平和でないと一重目を大切に出来ないという流れに繋がる。
セイヤーズの民はセイヤーズを愛し、エルズバーグの民はエルズバーグを愛する。
そして六大侯爵領の民はアクランドを愛す。
建国語りは大人用と子供用があるだけではなく、政治、経済など国が掲げる指針も物語風の本になっている。王国語り~経済編~のような形だ。もちろん本好きの私は全部コンプリートしている。なかなか読み応えがあり面白かった。
その経済編の中に、各領地の産業なんかも詳しく載っている訳だ。
聖女科の授業……というか、王子妃教育の一環で各領の産業を暗記するのだが、この王国語り~経済編~を読んでいたお陰で、かなり理解度が深かったのを覚えている。勉強の半分は本が賄ってくれる。物語は楽しくて勉強になり、繰り返し読むのが苦痛ではないところが素敵なのだ。思えば、王子妃教育は物語というバックボーンにどれだけ助けられたか……。
……第三王子と第四王子にもお勧めしてみようかな?
そんなことを考えながら、空高く飛ぶお蚕様を追う。
止まらない。ずっと飛び続けている。
羽を休めないのかな?
蝶は空気の渦に乗りながら飛行するわけだが、お蚕様はどうなのだろう。
飛べないはずの羽だが、大きさは結構ある。
羽ばたくというか、滑空というか。
しかし――
飛んでいるものを、二足歩行の動物が地上から追うというのは……。
障害物というか、街並みがあって真っ直ぐに追えないというシンプルな理由に阻まれた。
その上、私達ずっと走りっぱなしです。
蝶の飛行速度はもちろん蝶によるのだが、お蚕様は時速15キロくらいで飛んでいるだろうか? 速い……という程でもないのだが、遅くはない。トンボなどは時速六十キロで飛ぶというから、それに比べれば大分緩やかではあるが……。
しかし、これ人間が追うとなると、キツい。
ルーシュ様とシリル様は余裕そうです………。
キツいのは私だけ?
だって人間の歩行速度は時速四キロ平均だよ?
まあ、歩行ではなく走行ですが………。
私は息が荒くなる。
見失わないように。
なんとか………。
見上げると、お蚕さまが右旋回を始める。
旋回?
Uターンする?
私は止まってその姿を見上げると、旋回しながら高度を下げて着地するのではないかと思い直す。
私達は街のスラム街まで来ていた。
この辺は今朝来たばかりの場所だ。
この密集地を滑空は難しいのではないかな?
そんな風に思いながら、大分距離を詰める。
ああ。お蚕様。
近くで見ると、ふわふわもふもふです。
撫でたいです。
高度を下げてからは、翼をはためかせながら、ゆっくり飛んでいる。
――しかし
この場所には見覚えがある。
今朝来た場所だというのもあるが、それだけじゃない。
まんま弟三の家の位置だ。
お蚕様はここに何用でいらっしゃる?








