第四十四話 真実の愛へ3
街の喧騒が届かない場所。
街外れにある小さな教会。
その教会の外ベンチに腰を掛け、私達三人は空を見上げていた。
孤児院が併設されている教会で、夜は静まりかえっている。
見上げると、鐘の塔だけが、高く立派で、闇の中でもその輪郭が分かる。
芝居小屋を出た私達は、こんな状態で宿に帰る訳にもいかず、この鐘を見ながらなんとなく散歩をしていて辿り着いたのだ。
街の鐘。時刻を知らせるものだ。
普段は信者が集うからか、もしくは子供達が遊ぶためなのか小さな庭があり、手入れがいきどといている。ベンチも綺麗だった。
そこに三人で腰をかけ、薄曇りの夜空を見るともなく見ていたのだ。
私の涙も乾き始め、腫れた瞳に聖魔法を掛けた。
今は少し落ち着いている。
ロゼという少女は濃い蜂蜜色の髪の毛をしていた。
二十代前半くらいの女優さんで、茶色のドレスを着ていた。
そこも過去通りです。
蜂蜜色の髪に茶色のドレスはそんなに悪くなく、しっとりと落ち着いていて可愛かったように思う。襟や袖口には差し色で白のレースが使われており、その部分が程良く甘くて女の子らしかった。
私の頭越しにルーシュ様とシリル様が感想のようなものを言い合っている。最初しか見ていないのに結構喋る。
「ロゼを助けた魔導師は誰がモデルだった?」
とシリル様が聞けば、
「水魔導師だったな?」
とルーシュ様が答える。
「水魔導師? なぜそこで雷でもなく炎でもなく水なんだ?」
「俳優は髪を青色に塗っていたみたいだ。つやつやガサガサしていたからな」
「ほう。役のために青色の染色剤を塗ったと?」
「濃い髪色には色が入りにくいからな。重ねても地の色にかき消されやすい。ペンキのような一過性のものを塗っている感じだな」
「だったら水の魔導師ではなく、土の魔導師設定にして黒くする方が簡単だったんじゃないか?」
「……そうだな。そこを炎でもなく雷でもなく水にしたということは、世間では水の魔術師が一番人気なのかもしれないな」
「………そんなことは聞いた事がない」
「ここは北西の街道。セイヤーズ侯爵が整えて維持している。それを慮ってのことかもしれない」
「つまり街道別に魔導師の髪の色を変えていると?」
「可能性の一つだ」
「つまり西の街道で上演する時は、炎の魔導師」
「かもな」
「それだけは絶対見ない」
「…………」
「ということは、王都で上演していた時は、雷の魔導師」
「予測な」
「……僕は王都上演のものしか見ないことにする」
「勝手にすれば」
「……私ももう一度チャレンジしたいです……」
「え?」
「ん?」
私の頭越しに喋っていたルーシュ様とシリル様が、少し驚いて私を見た。
「……ロレッタ、やめとこう? また苦しくなるよ?」
シリル様が私の頭を撫でながら、良い子だからやめておこうと言っている。
妹? というよりも子供に接するような好青年になっている。
「……でも私、一番辛いところだけ見て、一番良い所を見逃したような………」
「それはそうだけど」
「今度から、シリル様と一番前ではなくて、ルーシュ様と十五分遅れで一番後ろから見ます」
「…………え」
シリル様が絶望の声を上げる。
そんなにですか!?
一番前となると一人では見にくい?
「大丈夫です! 並ぶときはご一緒します」
「えー………」
「……私も見たかった。魔導師が颯爽と主人公を助ける所を。そこだけは何度も何度も見たい気がします。そして記憶に焼き付けたい。私は職安でルーシュ様に、そして婚約破棄式でシリル様に庇っていただきました。もしもその場面を一歩引いて見る事が出来たら、きっと格好良くて華やかなのではないかと」
「ふーん………」
シリル様は少し考える仕草をする。
「良かったなシリル。格好いいって」
ルーシュ様がシリル様を揶揄うように言う。
「一人で前で見ろ」
「一人で前で見るくらいなら、三人で後ろで見るよ」
「芝居好きなのに?」
「古の大聖女が何を願っていたか知っている?」
「どうしてここで大聖女が出て来る?」
「出て来るのが自然だろう?」
「不自然だ」
「彼女の願いは三人の幸せ」
「……それは」
「三人が三人で幸せになることだ」
「それは不可能だ」
「不可能じゃない。三人で後ろから見ればいいだけだ。僕が君を裏切らず、君が僕を裏切らなければ可能だ」
「……恋愛事では平気で裏切ると宣言を受けたばかりの気がするが」
「それは君が手を出すと言ったから」
「そこまでは言ってないがな」
また、頭越しで何か二人が喋っています。
ちょっと喧嘩腰。
「ロレッタはどう思う?」
シリル様が私に話を振ってくる。
「三人で見るのがよいと思います」
「そうだよね」
「……御兄様が二人いるみたいで嬉しいです」
「……ロレッタ」
「はい」
「恋愛の中で、優しい御兄様から婚約者になるパターンが、王道だと知っているよね?」
「え?」
そういうもの??
「だって君は第二王子に酷い目に合わされた。もうああいう一か八かのような婚約は嫌だよね?」
「……嫌です」
「じゃあ、安全確実な良く知っている身の回りの人間から選ぶのが一番。僕とかがお勧めだよ?」
「え?」
「僕がお勧め」
「……王太子殿下?」
「そう。王太子妃」
「………いや、それはちょっと」
「なんで?」
シリル様、ニッコリ笑っているのですが、目が笑っていません。
「王家に嫁ぐのは考えられません」
「嫁がなくていいよ」
「え?」
「エース家から通いで」
「は?」
通い婚??
王太子妃が??
だってゆくゆくは王妃だよ?
通いの王妃って??
「………ちょっとそういうのは聞いた事がないというか」
「大丈夫。前例なんか必要ない。僕が勝手に決める」
「…………」
あの、何か王太子殿下が血迷っていらっしゃる?
「あの、私、侍女として生きて行きます」
「ロレッタはエース家がお気に入りなんでしょ?」
「そうです」
「だったらずっとエース家にいていいよ」
「………」
「ルーシュの事は兄、僕の事は未来の夫として慕ってくれればいい」
「シリル様は御主人様の親友ですよね」
「それは今。夫というのは未来」
「………」
それは王妃ではなく百一番目の愛妾とかでは……。
「ロレッタ」
「……はい」
「どんな良い行いでも初めては存在する」
「………」
「僕は百年も二百年もの長い間、どうすれば全てが幸せになるのだろうと考えてきた。何パターンか考えた。あまり深く考えずに実行してみよう」
「………」
深く考えなきゃ駄目なやつでは?
「ね?」
「……………」
王太子殿下が血迷ったまま暴走しています。
怖々隣のルーシュ様を見ると、額を押さえて深い溜息を付いていました。








