第四十一話 弟三の髪。
雪玉草を取り扱うお店を出てから、食堂街の店先で売っていたベイクドポテトをくり抜いて、その中に野菜やチーズを入れたものを購入する。抜かりなく俺たちの分とクロマル、アリスターの分、一応予備で従者の分も購入した。今日一日、従者は休日なので好きに活動していると思うのだが念のため。
ちなみにクロマルの転移魔法は発動しなかった。発動しないんだな……。寝てる? 端から端まで味見しそうな雰囲気ではあったが……。
ハーブが練り込まれて、見かけよりも華やかな味がした。普通に美味いんだよな? ポテトじゃなくて、器は固めのパンでも全然いけそう。
今日はこのまま弟三の髪を切って、雪玉草のポーチを受け取ったら、夕方から観劇に行くつもりだ。演目は『真実の愛』当初から見たい見たいと思っていた、というかシリルが見たい見たいといっていたもの。王都で見そびれたので今日見ることになっていた。街から街へ移動する旅芸人の一座の出し物。約、二ヶ月くらい一つの街に滞在して、街の皆に行き渡った頃、また次の街へと移動する。この旅芸人は王都で芝居を開いた後、そのまま流行の演目を取り入れ、北西の街道を下って行くのだろう。行く行くはセイヤーズ領を目指すルートだ。
演目『真実の愛』すごいな……。王都ではもう知らぬものはいないだろうという勢いだが、このまま各小王都と呼ばれる六大侯爵家領地を回る。つまりはアクランド王国内全てに行き渡るという寸法だ。そしてそれが終わると隣国?
人気がある演目はロング公演される。王子や六大侯爵家辺り、一般人とは言わずに公人なので、名前も伏せられずにそのまま公演される。建国七賢者とかも、名前はそのまま使われている。そもそも歴史上の人物扱いだし。
ちなみに庶民が行くことが多い芝居小屋はチケットなどという気の利いたものはない。開演前に並んで、入れるだけ入れて上演。なので並ぶ時間が早ければ早いほど前列になるのだが、前だと若干目立つので、後ろでこっそり見たいところ。
美味しいと言いながらベイクドポテトを食べていたロレッタと弟三は、食べ終わってから髪を切る用意をする。小さなナイフを宿屋の女将から借りて来たのだが、これはなにか果物とか切る専用のものじゃ?
クロマル達と従者の分は余ったのでそのまま影に差し入れ。ずっとお世話になりっぱなしだからな……。
弟三を椅子に座らせ、俺とロレッタが横に回る。リフレッシュを掛けたから既に髪は綺麗になっている。リフレッシュをかける前は、一度も洗ったことがないような髪を無造作に後ろで束ねていたが。
ロレッタが髪を束ねていた紐を取る。すると髪が背中を覆うほどの長さ。ちょっと癖があって、毛先が巻いている。肩くらいにするか? それとも顔を囲むくらい? あまり短くする? というイメージも湧かない。
「どのくらいの長さにしようか?」
ロレッタが弟三に聞くと
「………ちょっと長めで、色々隠れるくらいで」
と返事が返ってくる。
「長めね?」
「……うん」
そう言ったかと思うとロレッタが髪の束をがっつり掴んで、刃を当てた所で俺が待ったを入れる。
「ロレッタ。俺が右側を切るから、左はシリルで。ロレッタは女将に掃除用具を借りてきてくれ」
王太子自らスラムの子の髪を切るのもどうかと思うが、俺が切るのも結構既にどうかと思われる立場なので、そういう事は気にしない。そもそも何人も従者を連れて旅をする訳ではないので、出来る事は自分でする。屋敷にいる訳ではないからな。
ロレッタと代わったシリルが俺の正面に立つ。
「危なかったね……」
シリルが声を潜めて俺に言う。
ロレッタは女将に箒を借りに行っている。
「ああ、危なかった。バッサリいくところだったぞ」
「そうだよね? 何か根元の方に刃を当ててたよね?」
「弟三の希望は聞いていたように見えたが……」
「聞いていたけど、イメージ出来ていないというか、あまり器用ではないのか、謎だね」
「速やかに切ってしまおう。何を遣り出すか分からない」
「……確かに、箒一本借りに行って帰って来る気配がない。今のうちに手際よくいこう」
「……箒を借りに行って、お喋り好きの女将に捕まったか?」
「ありえるね」
「ロレッタらしい」
「ところで、今日の芝居は最前列で見るために、雪玉草のポーチを受けとったら直ぐに芝居小屋に並びに行こう」
「………嘘だろ?」
「本当だ」
「…………開演まで三時間あるぞ」
「魔道書とか軽食とか飲み物を用意して並ぶ準備をしよう」
「………」
なんだその並ぶ為の完全装備のような準備は。
「目立つだろ」
「変装する」
「そんなことをしなくても入れる」
「開演三日目だ。時期的に混んでいる」
「ここは王都じゃない」
「スラムが形成されるくらいには人口の多い、王都の入り口だ」
「………」
三時間だぞ!? 王太子が並ぶだけでも尋常じゃないのに、そんな長時間!?
「影は……」
「影は護衛だ。別行動はしないし、小間使いではない」
それはそうだな。しかもこんなしょうもない用を押しつける訳にはいかない。
「ルーシュ、覚悟を決めろ」
「一人で並べ」
「いや、ロレッタとルーシュと弟三と四人で並ぶ」
「弟三を連れていくのか?」
「だって、ロレッタと弟三は光の糸で結ばれているじゃないか?」
「……いや、伸びるだろ?」
実際、今、ロレッタは女将の所に行っている。
「同じ敷地内くらいなら伸びるが、宿屋と芝居小屋じゃ遠くないか?」
そりゃ遠い。が網ではなく糸だから全然伸ばせる。
しかし、魔導師と接触したら切られるな。
万全ではない。
「今晩は従者の腕と結んでおくか?」
「それは少し従者の負担だ」
「……いや、寝てるだけだ。従者に負担はない。三時間も並ばせる方がよっぽど弟三の負担だ」
そこまで言うとシリルも考え込む。
「……確かに休ませた方がいいかな。色々あって疲れてるかも……」
ああだこうだと言いながら、弟三の髪は肩くらいに切れた。
なかなか上手く切れたし似合うと思う。
結局、弟三は従者に任せて行くことになり、ロレッタが箒を持って帰ってきた頃には話は纏まっていた。ロレッタはというと、可愛く切れてますとちょっと感動していた。いや、ホントにロレッタに切らせなくって良かったよ。








