第四十話 雪玉草
俺はポーチのデザインを考えていた。クロマルにとって居心地のよいベッド的な意味合いのものだから……手触りに拘りたいよな……。それでやっぱり色は黒だろうか……。
ふわふわした感じの手触りが良いと思うが、何の生地を使うかだよな?
羊、山羊、魔獣。クロマル自身が魔物だから、魔獣というのも相性が悪いのではないだろうか?
『建国王と賢者の宮殿』という恐ろしい名前の骨董品屋を出て、俺たちは昼食でも買いつつ宿屋に戻って、弟三の髪の毛を整えてやろうという話になったのだが、まだクロマルのベッドというか巣というか家というか住処的なものを購入していない。
雑貨屋か鞄屋辺りなのだろうが………。
手触りの最高級品といえば……。
ルーシュは空を見上げる。
アクランド王国で雪が深いのは北の翠の君の領地。
何度も足を運んだことがある。寒くて。清涼とした森が何処までも広がっていて、そしてその森に咲く真っ白な花。その花が実をつける訳だが……。その実が雪玉に似ているから雪玉草と呼んでいる。その雪玉草の実で編まれたものが貴族にも人気。
雪玉草はその名の通り、白色がメインなのだが、ブラックスノーとブラウンスノーもある。このブラックスノーで編まれたポーチとかいいんじゃないだろうか。可愛いし暖かいしでクロマルも好きなんじゃないかな………。
ロレッタを助けてくれたお礼もまだしてないし、雪玉草から作られた商品を扱う店にも寄ってみたらどうだろう? しかし、雪玉草の商品は翠の領地か王都での流通が一番多い。この街はどうなんだろう。あれば行ってみるか?
「ちょっと貴族街の店にも行かないか?」
横を歩いていたシリルがこちらを見る。
ロレッタと弟三が少し前で、俺たちが後ろを歩いていた。
知らない街なので、常に二人の事は視界に入れておける位置。
「ルーシュ、何か企んでる?」
「何を企むんだよ」
「例えば、ロレッタにドレスを買ってあげるとか」
「今、ここでドレスを買ってどうする? 何がしたいんだ」
それでもシリルが窺わしそうにじろじろ見てくる。
「どこに行く気でいるの?」
「雪玉草関連の商品を取り扱っているところだよ」
「雪玉草? それは糸の中でも最上級品。絹よりもまだ高い。貴族でもそうそう買わないぞ。それが今必要ということは………君が使うとも思えないから、当然ロレッタ」
そこまで言うと、シリルの視線が険しくなる。
「……君はまさかまた僕を出し抜いて贈り物をする気でいる!? 雪玉草で編まれたふわふわのドレスは冬仕様。しかしドレスとなると面積が多いから相当の値段に。気安くエース侯爵令息がセイヤーズ侯爵令嬢に贈って良いものじゃないぞ」
何故ドレスを贈るんだ。
しかも雪玉草のドレスって。
ドレスじゃないだろ、それ。外套だろ?
冬用のドレスに雪玉草を遇うのは袖や襟や裾など一部分だけだ。
そんなに全身もこもこもこもこさせてどうする?
「で? 目的は」
王太子の追随しつこいな?
「行けば分かる」
「それはそうだが心の準備が」
「お前に何の準備がいるんだ」
「ルーシュに出し抜かれない準備だ」
「人聞きが悪いな」
「黒曜石の指輪を贈ったことは、一生恨む」
「…………」
「先に言って置くが、今度は僕がプレゼントするからな。順番だ。ちゃんと守りたまえ」
順番って。プレゼントを渡す順番??
「お前、ロレッタと結婚したいの?」
「………その答えは君は知っているはずだが」
「そんな曖昧な答えだと誤解を呼ぶぞ」
「じゃあ、はっきりきっぱり言ってやる」
言うんだ?
「長くなるよ?」
「はあ? 短く簡潔に纏めろ」
「僕の心はそんな小さく纏まるわけないだろ」
「…………」
その後、シリルはどれほどロレッタが可愛いか、どれくらい好きか、どんな所が好きかずっとずっと長ーく喋り続けた。いつ結論が出るんだ? 早くしろ。俺が延々待ち続けた頃、雪玉草の専門店を見つけた。ここだな。ここはいかにも高級店という感じだから、弟三の髪を手ぐしで整えてやる。赤錆色のケープ付きのマントと先程購入した服一式。裕福そうな庶民という感じだ。魔導師の卵にも見える。魔法素養のない子に魔導師風の出で立ちをさせるのは少し残酷な気もしたが、本人が赤がいいと言っていたし、それで良いのかな? そんな事を考えながら入店した。
俺が店主と話している間、ロレッタと弟三は物珍しそうに店内に飾られたものを見ていた。その横でシリルがにこにこ見守っている。若い夫婦と何か大きな子供? の組み合わせみたいか? いやどう見ても家族には見えない、兄弟にも見えない。只の魔法省の官吏がふらっと来たというまんまにしか見えん。その上、シリル以外は浮きまくっている。弟三が居心地悪そうにしているのはともかく、侯爵令嬢のロレッタが浮いているとはどういうことなんだろう?
店主は奥から女性用のポーチをいつくか持って来て見せてくれた。
ロレッタに近くに来るように呼ぶ。
「好きなものを選べ」
俺がそう言うと、ロレッタは俺の顔と商品を行ったり来たりさせて見ていたが、状況を理解したのか首を横に振る。
「……こんな高価なもの選べません」
そう来るだろうと思った。
「これはクロマルのベッドに使う。お前は命の恩人の住処をケチるのか?」
「え? クロマルのベッド……」
「そうだ。いつまでも制服のポケットじゃ寝心地が悪いだろ」
「……確かに、寝心地はいまいちかもしれませんが」
「じゃあ、選べ」
「選べって」
ロレッタが茫然としていると、シリルにおもいきり足を踏まれた。
「ロレッタ、吃驚しちゃうよね? こんな君の給料の一年分みたいな金額のポーチさ。ルーシュは頭の中で勝手に決めていたんだよ? でも気にしないで。エース家の次期当主にしてみたら、全然気にしなくていい額だから。クロマルは君の命を救った。僕らは一緒にいたけれど、あそこまで機転の利いたことは出来なかったよね? だからこれはクロマルが貰う正統な報酬みたいなものだよ? 君は代わりに選ぶだけ。クロマルのだから。僕も一緒に選んであげるね」
ロレッタは暫くシリルの顔を見ていたが、シリルが優しく笑うと、彼女も小さく笑った。そこからは友人と楽しい買い物といった感じでああでもないこうでもないと言って楽しそうに選んでいた。結局黒い楕円型の一番ふわふわした小ぶりのポーチを選んでいた。
俺は店主にこのポーチを購入するから、この楕円の上の部分に猫の耳を模したものを着けてくれと言ったら店主の動きが一瞬止まった。止まるんだ? 分かりやすいな。まあいいけど。止まった店主は三秒くらいで復活し、簡単な処置だから、午後の三の鐘が鳴る頃には作っておこうと言っていた。その分は追加料金。耳は大事だろ?
 








