第三十八話 黒曜石の指輪
「たまに本物の混じっているという噂がある本格仕様よ。なんせ古いだけが取り柄の店じゃからな」
かっかっかと店主の笑い声が響く中、俺は持っていた剣を取り落とした。
床に落ちた剣は、錆を辺りに撒き散らし、真っ二つに折れた。
俺とロレッタと弟三は錆に噎せて咳き込む。
コレは――
恐ろしい古さだぞ。
むしろゴミだ。
鉄材にもならない。
「…………」
「折れましたね?」
驚く俺の横で何故かロレッタが冷静に突っ込む。
お前は、こんな時だけそんな冷静??
「折れたな………」
「芯まで錆び付いて腐っていたのですね」
「そうなるな」
「でも所詮錆びた剣ですし」
「まあ、そうだな」
「兄ちゃん、弁償するんだぜ」
俺とロレッタの声に店主が混じってくる。
普通に弁償するけども。
「いくらだ」
「銅貨三枚だ」
「……銅貨三枚」
錆びたゴミにしては高いが、建国期から引き継ぐ鉄くずだったら安い。
「この黒曜石の指輪代も一緒に払う」
「そっちは銀貨一枚だぞ」
紫の賢者の指輪にしては馬鹿安い。
もう何も言わずに言い値で払うがな。
ロレッタは持っていた指輪をおぞおずと俺に返す。
何故返す?
「いらないのか?」
「ルーシュ様が買われたので」
「ロレッタに買ってやったんだぞ」
「!?」
それ以外ないだろ? 今の状況で。
「アリスターか妹君にお土産かと」
「いや、ロレッタが欲しそうにしているのに、横取りして妹の土産とかないからな」
「そうなのですか」
「そうだろ」
「……私、嘗ての婚約者から婚約指輪も贈られませんでした」
それは。
アクランドの第二王子として有り得ないだろ?
ロレッタは薬指に差し込んで嬉しそうにしている。
「大切にします。ずっとずっとずっと一生の宝物にします」
「…………」
いや、大袈裟じゃないか?
銀貨一枚の指輪って。
貴族価格では全然ない。
本来金貨を支払うような指輪を贈るものだ。
「それはどうも」
「侍女のお仕事中は首から掛けますね」
いや、そんなにがっつり肌身離さず??
「こうして指に嵌めていると、クロマルが私を助けてくれた時を思い出すのです。王立学園卒業記念パーティーで、そこには何百人もの人がいたのですが、私の味方は一人もいませんでした……。一人もです。婚約者に暴言を吐かれている私を、そこにいる人達は面白可笑しそうに見ていました。あの時の沢山の人達から受けた嘲笑を思い出すと今でも心が竦むのです。でも――」
ロレッタは猫型の黒曜石の指輪を差した左手をそっと胸に抱く。
「死にかけた私をクロマルが助けてくれた。あの大魔法でですよ? 空間の魔術執行をしてくれたのです。クロマルの前では少なくとも私はいらない人間じゃなかった。それが私の心の一部を温かくしてくれるのです」
クロマルに似た指輪を大切そうに胸に掻き抱くロレッタを見ながら、俺は王立学園卒業記念パーティーに出席しなかったことを本格的に後悔した。
シリルか俺か王か、誰か一人でも出ていたら彼女を助けられたかもしれない。
でも、誰もいなかった。第二王子という身分の人間から一方的に振られた聖女。
彼女が婚約したいと言い出した訳でもないのに。
一生懸命勉強して勉強して、休日は薬草畑を耕して教会のイベントに参加して慰問に行って、そんな頑張り抜いた聖女にその仕打ち。
惨めだったろうに。
勉学にも励まず、慰問に行く訳でもなく、他人の婚約者を平気で誘惑する女に嵌められたのだ。華やかな場所で。
俺はそっとロレッタの頭を撫でて顔を覗き込む。
「白猫の指輪も作るか?」
「白猫?」
「茶トラも作るか?」
「?」
「指全部に猫指輪でも嵌めるか?」
白猫はパールで。
茶トラはシトリンで。
ロレッタは少し笑う。
「クロマルにお友達がいっぱいですね」
「そうだろ」
「……でも、私はこれだけで。この指輪を大切にします」
「そうか」
「はい」
慎ましい女だな。
「欲しくなったら言えよ?」
「…………御主人様が侍女に指輪を買ってくれるのですか?」
「そうだな。ペンダントでもイヤリングでも好きなものを」
「太っ腹な御主人様ですね」
「まあまあな」
ロレッタはニコニコ笑っていたが、こいつが宝飾品をねだる日は来ないだろうと……そんな風に思った。贅沢をねだられたことなど一度もない。今までも、そしてきっとこれからも――








