第三十二話 沈黙の先
――それで
「お前がシトリー伯爵を大好きなのは痛すぎるほど分かった。推しの父も推しだったという告白はいい」
まさかここからシトリー伯爵がどれだけ好きかなどという話を展開させる気じゃないだろうな?
「そこは話の根幹に関わるところだ、ルーシュ」
絶対違う。断固として違う。
「推しの父親がどれだけ優れた資質を持っているかという事実は、何時間でも語り尽くせる」
……すごいな。
話し相手を引かせるレベルで。
ロレッタの父親をそこまで??
流石、領地に瞳と髪の色を確認しに行った事だけはある。
俺はシトリー伯爵について、五分も語れないぞ? 一分くらいはなんとかいけそうな気はするが……。一分でも持ち時間は長く感じる……。
「一応聞いておくが、ロレッタの母親と弟についてはどれくらい語れるんだ?」
「…………」
シリルは居所が悪そうに目を逸らした。
ああ。悪かった。母と弟については全然なんだな? 父だけ詳しいんだな? まあそれはそうか。母親と弟に関してはそもそもが盟友ではないのだから。
「ロレッタは父親似だと思う」
「それはそうだな」
あからさまに配色が同じだ。
領地ツアーに行った時に弟は見ていないのか?
ファンとしてどうなんだ? 温くないか?
父親は氷の魔導師。何故そちら側の容姿が色濃く出ているかは分からないが、聖女の系譜は母親からで間違いないだろ? 推しの母は推さないのか?
「ロレッタの弟とはこれから仲良くなる予定だ。義兄弟になってもいい」
王太子が勝手に契りを結ぶな。
しかも一方的に。
「会うのが楽しみだな」
「まあ、楽しみではある」
「似てるかな?」
「……自称似ているそうだぞ」
「なぜ知っている?」
「ロレッタとお茶を飲んだときに聞いた」
「へー」
シリルは俺に胡乱な目を向けて来る。
「……お茶」
「そうお茶」
「僕も飲みたい」
「飲めば?」
「誘ってくれ」
「…………」
王太子を? わざわざ?
「いれば誘う」
「いなくても、王城に呼び出しを」
「お前は暇なの?」
「……いや。むしろ忙しい部類の人間だと思う。王太子に魔法省官吏にと」
「だったら大人しくしていろ」
「君と彼女だけ毎日二人でお茶? 本気?」
「毎日ではないし、アリスターもクロマルもいたぞ」
「……なんて楽しそうなお茶会なんだ」
「楽しくはあるが、事務的な確認事項もあったな」
「……楽しいんだ?」
「それなりに」
「王城に使いを」
「お前は忙しいんだろ? 『分類忙しい』なんだろ?」
「そうだが。早馬で参戦する」
「王太子がエース家に馬車も使わず早馬で? 冗談? 目立つだろ?」
「目立っても平気だ」
「俺が平気じゃない」
「君より僕の方が身分が上」
「なんだと?」
「だって君は侯爵令息で僕は王太子。全然身分が違う」
「こんな時だけ?」
「こんな時だから使うんだよ? それ以外いつ使うんだ」
「使いどころはいっぱいあるだろ。侍女とのお茶会なんて使い所じゃないことは明白」
「お茶会を開いてくれ」
「開くわけないだろ? 俺を令嬢と勘違いするなよ?」
「招待状を待っている」
「お前、話聞こえてる?」
「聞こえているとも。ルーシュには妹がいたはずだ」
「いるとも。エース領に」
「そろそろ王立学園に上がるだろ」
「上がるな、来年」
「なら今年王都に上るんだろ? お茶会を開かせろ」
「は? 十になるかならないかの子にお茶会を主催させるだと? しかも王太子を呼んで」
「内実は副執事が取り仕切ればよいだろ。エース家の庭でさ、クロマルとかアリスターとかロレッタ弟とか君の妹とか僕の弟とか呼んでさ」
「王太子の弟とキタか? どの弟のことだ」
「第五王子とかかな? 別腹だし存在感ないけど」
確かに第五王子は存在感が薄い。
薄過ぎて皆忘れている。
「お前、第五王子と仲が良い訳?」
「良くはない。が悪くもない。強いて言うなら『知らない』が一番近い答えかな? これを機に知っておくのも良いかと思った」
「ほう」
「警戒しているなら、双子王子を連れて行くよ」
「いよいよ大事になってきたぞ」
「………もう一度招待客を熟考するか」
お前が熟考してどうする。
なら自分で開けよ。
「お前がこっそり来れば済むだけの話だろ。王太子ではなくエース家の親類シリルとして偶然居合わせてお茶をする流れが一番自然。それ以外の余計な事はするな」
「……じゃあ知らせを」
「タイミングが合えば知らせよう。ただし馬車で来い」
「もう、エース家に住むってのはどうだろう?」
「………」
王太子がエース家に住んでどうする?
「油断し過ぎじゃないか? 王城を空けるなんて?」
「何を今更。今現在長期で空けている」
「……まあそうだな」
「お茶会に行く為に抜けただけで嵌められるような脆弱な立場であるのなら、シトリー領に行ったりはしない。それに――」
「それになんだ」
「いや。誰が王太子位を欲しているのだろうと真剣に考えたんだが――」
「考えたんだが――」
「何故、第五王子は視界の外にいるのだろうと思っただけだ。これって故意?」
「故意だったら目的は二つだ。油断させているのか、本当に王太子の視界に入らず静かに暮らしたいか。偶然なら側妃の性格か本人の性格か両方。担ぎ上げる必要があるのは外戚だが、第二側妃の実家は伯爵家。担ぎ出してどうなる? そもそもが魔術師ではないので王太子には成れぬ。王太子になる為には国法から変える必要がある。国法を変える為には王家六大侯爵家の承認が必要。承認は事実上下りない」
「まあ、下りないのは僕の御代で、陛下の御代ではないけどね」
「厳密にはそうだな。自分の孫を王位に就けたいから、国法を変えたいと馬鹿正直に言ってくる輩はいない。『魔術師以外の王子にも国位に就ける可能性を開きましょう。何故なら国民は魔術師以外が大半なのですから? 民意に従いましょう』とか言って来る。まあ、直訳すると『我が孫を王位に就ける為には、この国法じゃま。無ければ我が孫にも王太子の可能性が。偶然(他王子達を手っ取り早く暗殺)王太子になれば、富と権力の中枢は我が手に。愉快愉快』という真意を理解出来るのはそういった心算が読める者だけだぞ。ちなみに民は読めん」
「じゃあ心算を読めるハンドブックでも配ろうか?」
「おもしろいな? しかし識字率が低すぎじゃないか?」
「それもそうだね。そろそろ上げようか?」
「おいおい上げる事も考えよう。でもその前にシトリー領な」
「そうそうシトリー領ね。僕の別荘の出番が結構早くやって来たよ?」
「……別荘」
「推し活で領地に落としたお金で買った別荘」
「……あったな」
「あるよ。領館より広いよ?」
「…………」
領館より立派なのを建てちゃったのか?
シトリー伯爵が不憫だ。








