第三十一話 血統継承保持者
「色々あるといえばさ」
「なんだ?」
「時空の血統継承が二代続けて出たという事だよね? 闇の血統継承次期当主候補はアシュリ・エルズバーグだった。アシュリは遠縁の子供だったらしいけど、闇の魔導師にしては珍しく親から子へ受け継がれたことになるよね?」
「アリスターがアシュリの子であるという大前提で喋っているのか? 誰の子かというところは、完全に抹消されている。糸口もない」
「教会の孤児籍で養親が孤児院長ということでしょ? それ以上追えなかったってこと? 片鱗くらいはありそうなものだけど……。魔導師が出たんだし。取り上げた産婆は覚えていると思うけどな。目の色も髪の色も印象深かったはずだし、出産に立ち会ったものは、魔導師が生まれた場合、国に届け出の義務を有する」
「そこは孤児院長も言っていただろ? 蒼い瞳に見えた。年々色が深くなったって」
「髪はどうなんだ?」
「髪も濃い紫。暗い場所で見れば黒寄りとも、紺色とも取れる」
「……紺」
「紺はな、微妙な気がする。青とも違うけど、黒とも言い難く。でも深い黒と間違える可能性もあるし、陽に透かして見てみないと厳密に言い切れないかもしれない」
「意図的に隠してあった?」
「今となっては分からないが、その可能性もある。出産時期は十年前の春。生まれたての赤ちゃんだったらしいから誤差はないだろう。生まれた場所が特定できないのが痛いが……。生まれたての子を馬車で長距離移動とは考えがたいが、空間の魔導師はな? 正直範囲に当たりが付けにくい。一応追わせているが、綺麗に拭った可能性の方が高い」
「誰が?」
「それはもちろん――」
「アシュリ・エルズバーグが綺麗に掃除した?」
「それはない」
「なぜ言い切れる」
「必ず助産した者は生きている」
「理由は」
「アシュリ・エルズバーグという人間の信念だ」
「説得力がないな」
「自信がある。介助した者は、金でも渡されて黙っているのだろう。口が堅いだけだと思うよ」
「信念とは? 何故お前が信念を知っている?」
「それは………」
一瞬の言い淀みを見せたが、シリルは続けた。
「簡単だよ。生まれる前から知っているから。生まれる前に接したから。彼を良く知っている気がするから。考えてもみてよ? 僕らは闇の賢者の事を知っている。当たり前だ。彼は一番最後に加わった盟友。最後でも、過ごした期間が一番短くても、それでも仲間だったんだよ? だから、僕は彼をよく知っているし、君も彼を知っている」
「過去と記憶に引きずられるなよ? 闇の賢者とアシュリ・エルズバーグは別人だ」
「別人とは言わない。魂と記憶と血統継承が継がれているのだから。まったく同じではないが、別人でもない。そんなことは不可能だ。違う部分があるだけだ。環境が違うんだよ? 親が違う。生まれた時代が違う。後天的な外的環境が違うだけだ。容姿などほぼ似ている。大聖女だってそっくりじゃないか?」
「そこはそうだな。 彼女はなんだっていつも痩せているのだろうな? 侯爵家の流れを組む者なのだから、もう少しふっくらしててもおかしくないのだが……」
「……確かに。むっちりロレッタも可愛いだろうな。まあ痩せていても、太っていても、普通でも、背が高くても、低くても、平均でも、どちらでも可愛いことには変わりない。そこはそんなに重要ではないが、ひもじい思いは可哀想なので、クリームは六瓶必要かと思った」
「………六瓶。堪能出来そうな量だな」
「そうだろ。多分暫くは食べられなくなる量だ。余ったらパン屋にお裾分けしても良い訳だしさ」
「……良い人だったな」
「そうだった。たとえ一割の人間の悪性が強く、影響力があったとしても、人は五割は普通で四割は善人だ。悪人より善人の方が多いんだ。目立たないだけさ。悪人は行動も言動も目を引く。パン屋の店主なんて日常生活の中に埋没していて、あんなことでもなきゃ、彼の善良性は表に出なかった。問題は普通の五割。この五割は影響力によって変わるんだ。悪に影響を受ければ小悪党に、善に影響を受ければ小市民化する。五割の人間を無毒化出来れば、最良の国が成り立つだろ」
「一人と九人の戦いになれば九が勝つのが必然だからな。数の優位性」
「そう。そして闇の賢者の信念は、五割の無毒化。つまり貴重な善良市民は殺さないし、減らさない。優しいからとかじゃないんだ。彼は彼の為にそうしているんだよ? だって善良な者に囲まれていた方が居心地が良いだろ?」
「そりゃそうだな。悪人なんかに囲まれていたら、気が抜けないからな」
「そうそう。彼の合理的な信念は君だって知っているし、もちろん氷の魔導師だって、風の魔導師だって、土の魔導師だって知っている。知っているから知っているんだよ? 彼は矢鱈滅多に割り切った思考回路の持ち主で、民のためじゃなく、自分の為に民を守っていた。結果的に民の為にも繋がるという」
「ある意味その部分を信用してると」
「そうだよ。その部分を信用している。アリスターには引き継がれている様子はなかった。多分だけど……記憶はアシュリにある。彼が闇の賢者の記憶継承者」
「訳ありの妊婦に情けをかけ、助ける気概のある者は大切にする。ただし、適切な対処をした。調べても追えないくらいには。なので母親を割り出すのは至難の業ということでいいか?」
「それでいいよ。それにね――」
「それに?」
「そんなに母方をムキになって探さなくても、いずれ分かるよ」
ルーシュは少し考えてから目を細めた。
「…………シトリー領にいるとか言い出す?」
「八割方。アシュリが何故カルヴァドス期の第九聖女に手を出した後、シトリー領に籠もったかを考えていたんだけどさ。それは氷の魔導師、つまりシトリー伯爵領だからさ。彼らは王立学園の同窓で親友でそして盟友だ。これ以上の場所はない」
「セイヤーズ直轄領ではなく?」
「セイヤーズ直轄領なんか手を出せば、火傷するだろ? セイヤーズ次官長はシトリー伯爵のように甘くはないぞ。そして親友でも盟友でもない。殺人未遂幇助者を匿う謂われなんかないだろ」
「シトリー伯爵は違うと」
「違うよ? 彼は蒼の賢者の血統継承保持者。考えれば分かること。水面下にいる者も、深淵に沈んだ者もシトリー伯爵の目にはしっかり見えているんだ。彼ほど人の心の奥底を知る者はいないんじゃないだろうか? そうでなければ、雷の魔導師のアシストをあんなにも的確にこなせる訳はないんだ。あちらに打ちたいと思えばそのように、こちらにこの程度の威力で打ちたいと思えばそのように的確に察知する。その鋭い洞察力を僕が一番よく知っている。彼は人の心の中を見るもの。人の心はブラックボックスと言われているけどね。誰にも分からない。分からないから人は人を誤解するし、反目し合うし、騙される。ただ、人の中には様々な者がいて、比較的人の心を正確に推察して理解出来る人間と、そうではない、表面的な態度や言葉に振り回されてしまう、人の心を理解する分量が少ない者がいる。これは個人差で、得意か不得意かなだけなのだけど、蒼の賢者は人の心の多くを洞察出来るんだ。その部分に一等優れた能力を発揮する。昔からね? だから――」
「だから?」
シリルはその先を言わなかった。
口を噤んでしまったから、聞くことは出来なかった。
けれど――
なんとなく、予測は出来る。
噤んだ事と、そのタイミングと、表情とで。
お前に優しかったんだな?
彼だけは。
そうなんだろ?
お前の心の奥底を理解してくれたんだな?
あの後も――
ちょっと猫様の容態が……。゜(゜´Д`゜)゜。
投稿が二日空いたり、隔日だったり、連日だったり不安定ではありますが(時間もっ)でも、なんとか書き続けます。三章は①~③でend付けます。分量はあと1巻半くらいになるかと思います。








