第二十九話 七人の賢者
朝市で無事にフレッシュクリームを買ったシリルが戻ってくる。
「何瓶買ったんだ?」
ロレッタは一個と言っていたが、シリルがそれで済ませるとは思えない。
「六個だ。あるだけ買った」
「…………」
フレッシュクリームはそんなに食べられないだろ?
胃が靠れるぞ。
「クロマルとアリスターは菓子作りが趣味なんだろ? 三瓶は向こうに送って、ロレッタが一つ、弟三が一つ、僕らが半分ずつで丁度良いじゃないか?」
「お前は朝から食べられるのか?」
「食べられるとも。皆でクリームを頬張るから美味しいんじゃないか。紅茶に入れるとかもありだ」
「俺はストレートで飲むぞ。フレッシュクリームも味見だけだからな」
「そんなことでは、かしましい女子に付いていけないぞ」
「女子がかしましくなるのは、三人以上からだ。言って置くが今現在女子はロレッタ一人だということに気が付いているか? 圧倒的に男が多い」
「女、子供と分けると内訳が変わるぞ。ロレッタ、弟三、アリスターで半数になるじゃないか」
「………小さな女の子は確かにクリームが好きそうだが、男の子はな……。弟三は身体検査というか、体調検査をしてからの方が良さそうだが……」
「まあ、それもそうだね」
「胃に優しい食べ物からが無難だろうな」
二人で頷き合っていると、シリルが片手を上げて影を呼ぶ。
昨日冷やした果実水を冷凍ボックスごと受け取っていた。
「ちょっと、ルーシュと大切な話があるから離れていてね」
シリルがそう言うと、影が頷き後方に下がる。
話の内容が聞き取れないくらい距離を開けるのだろう。
「なんだ、話って」
「カチコチに凍っているよ?」
「……まあ、一晩経ったからな」
「マイナス二十度くらいありそうだね」
「二十度弱くらいだろ」
冷蔵ボックスの温度の話をする為に影に距離を取らせたとかないだろ。
「定期的に出してかき混ぜないと氷になってしまうね」
「水の比重が多いとそうなるかもな」
「果物だって水分たっぷりだしね。今度から影に定期的にかき混ぜてもらうか?」
「いや、影が睡眠不足になったらパフォーマンスが落ちる」
「影は必ず一人は起きている。そして一人は休憩。三交代だよ? どんなブラック待遇を想像している。もちろん緊急事態には三人揃って対応するが」
馬車がリフレッシュ紛いの古代魔法でずぶ濡れになったのは緊急事態扱いだったんだな。
「一人は護衛。一人は休憩。一人は睡眠と考えると、誰がかき混ぜるんだ?」
「もちろん護衛が」
「………護衛のパフォーマンスが落ちるので却下だ。自分で混ぜろ」
「普段持ってないし」
「街で鞄を買え」
「……おぉ、鞄。新鮮だ」
王太子殿下が鞄を待った姿は想像出来ないが、しかし魔法省官吏なら持てという話だ。
長期出張は初めてなんだろうか? ここまで長期は珍しいかもな。
「氷の魔導師は天才だな」
「……まあ、天才だ」
「雷の魔導師の生まれる御代は七大賢者が揃う御代だ」
「……そうなるな。実際揃っている」
金の血統継承であるシリル。
紅の血統継承であるルーシュ。
そして光の大聖女。
氷の魔導師に時空の魔術師。
翠の君と黒の君。まあこの二人は大概いるのだが。
欠番が出やすいのは金と紅と水色と蒼と紫。寿命的な問題なのか輪廻的な問題なのか。その中でも特に雷と光の大聖女が出ない。
今期はセイヤーズから二人も出ている。大聖女が元々多重魔法使いなことを思えば不思議ではないのだが。シトリー伯爵家か。まあセイヤーズの養女になった事だし、血は本家に戻る。
元々光の侯爵家の序列は六位。始まりから傍系なのだ。建国王の妃、大聖女が子を残していない為、大聖女の弟に与えられた領地だ。あの子は――瞳の色が独特だった気がするが、気がするだけでまったく思い出せない。
「血統継承の中に託したのは、定期的に国のメンテナンスを担う必要があるから。僕らが魔導師だから時の中に残せたんだ。魔導師だから不可能を可能にした。アクランド建国以後百五十年の壁も、二百五十年の壁も、四百五十年の壁も越えてきた。けど――」
けど――か。
何度も何度も思う事。
なぜ魔法士は劣性遺伝なのかということ。
劣性遺伝子というのは水面下の遺伝子。
劣性である理由は、劣性と劣性が婚姻を結ぶ可能性が低いことを大前提としている遺伝子なのだ。優性と優性。優性と劣性。このパターンが一番多いのが自然の摂理。だが意図的に劣性と劣性。劣性と劣性を掛け合わせていると、その個体群自体が減った時、一気に絶滅に向かう。
「そろそろ王家も光に拘るな。聖女を必ず娶るという法は五百年が区切りだろう」
「………それも一理あるね」
雷の魔導師が王の御代。
事実上の独裁政治が可能な御代ともいう。
何故なら、四票は王の手の中にあるのだから。
王家の票、エース家、そしてセイヤーズに光の侯爵家。
四票を持っている。
連綿と続く建国王の御代なのだから。








