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第二十五話 フルーツサンドは何人分?



書籍が2024年2月1日発売になります。

出版社はTOブックス様。

絵師は鳴鹿(naruka)様。

TOブックスストアにて予約開始中です。


イラストや特典SSなど、活動報告ページに詳しく書きました。

見て頂けると嬉しいです。

表紙イラストは各話&目次下スクロールでも見られます。

ちなみに2巻は2024夏頃お届け。

 



 弟三と肩を組みながら、昨日の広場までやって来る。やっぱり朝は朝の屋台が出ていた。同じ場所なのに、朝担当と夕方担当があるみたいで、店主の顔ぶれも違う。こういうシステムだと、二交代で倍の種類が堪能出来るな? と考える。夜はお酒に合いそうな重めのもので酒の肴メニュー。朝はフルーツやパンやサンドイッチなど軽食のようなものが中心だった。美味しそう。夜と違うから目移りしそうになる。


「弟三。君はどんなものが好きなの? どれも美味しそうだね」


 私達は光の紐で繋がれているから、基本一緒に行動する。でも光の紐は魔法ですと言っているようなものなので、水色のスカーフを巻いてカモフラージュさせていた。ロレッタは弟三の肩ではなく、手を繋ぎ直す。この方が自然に見えるだろう。


「お姉ちゃんはフルーツサンド。あの林檎とか苺の甘いジャムが挟んであるアレねアレ」


 ロレッタはフルーツサンドが売っているスタンドまでやって来て物色する。やっぱりパンと苺のコントラストが王道の苺サンドにしよう。クロマルとアリスターの分ルーシュ様シリル様私と弟三六人分で。六個全てが苺というのもなんなので、二つはアプリコットもう二つはイチジクのジャムだ。こうすれば三種類を食べられる。



 注文してお金を払おうと革袋を開くと、横からシリル様の手が伸びて店主にお金を渡してしまった。…………アレ? 


「シリル様??」

「これは出張中の経費だからね。魔法省に請求するから、個人的なもの以外、ロレッタは出さなくていいんだよ?」

「おぉ」


 成る程!

 素敵!

 素敵ルールですね!

 …………。

 アレ? 

 クロマルとアリスターの分は?


「シリル様、魔法省官吏は三名しかいませんよ?」

「いいんだよ、ロレッタ。後の三人は僕が作る商会のメンバーだからね。商会経費で」

「…………」


 商会経費ですか?

 ハニーハンターを育てる為の先行投資?

 でも……。

 クロマルとアリスターはいつ商会メンバーに?

 首を捻って考えていると、シリル様が私の頭をポンポンと優しく触る。


「細かい事は考えない。これはデザートにして宿の食事を食べに行こう。今日はトマトと鶏肉の煮込みスープだと言っていたよ」

「わぁ。長い時間煮た鶏肉って柔らかくて美味しいですよね?」


 屋台の店主に礼を言って品物を受けとろうとすると、店主がロレッタをじっと見た後、弟三に視線を移した。


「嬢ちゃん、魔法士かい?」


 今は、フードもしていないし髪の色も変えていない。そもそも魔法省の制服を三人とも着ている訳で、魔法士としか言い様がない。


「そうです。出張中なんですよ?」


 特に隠す事もなくそのまま伝える。


「そうかい。そいつはどうすんの?」


 店主は弟三に向かって顎をしゃくって見せる。

 知ってるのかな? 知り合いかな?


「知人ですか?」

「知人じゃないけどさ。まあこの街の子だから見知ってはいる。ドブネズミみたいに生きてる小僧さ。ちょいちょい人の金を盗んでいるようだったか、とうとう魔法士様に捕まっちまったかい?」

「……捕まっちまいました」


 ロレッタは店主の口調そのままに繰り返した。どう伝えるか迷ったが、まあ言えるところはそのまま言う方が良いかと思って伝える。


「……そいつはさ、ここらじゃそれなりに有名なコソ泥なんだけど。この街の大人はみんな見逃して来たのよ。屋台には手を出さないし、街の者からも盗まない。たまに外から来た裕福そうなのを狙うんだ。盗んでも困らなそうな奴ね。だから大人は知っていたのに見逃してたんだよ。ここらの屋台をやっている奴はさ、皆その日暮らしの貧乏人でさ。子供一人助けてやれないのさ。大人だけどな。自分の家族を食べさせて行くのが精一杯。朝から晩まで働き詰めだけど、そんな輩しかいない。だから、子供一人助けてやれないのよ」

「…………」

「助けてやりたくても、飯を恵んでやりたくても、出来ないんだ。そんな力がないわけよ。だから見逃してたんだ。見逃すのだって悪い事だって知ってるよ。でも解決方法が分からないんだよ」


 段々店主の声に熱が帯びてくるのが分かった。


「どこに連れて行くんだい? 捕まえたなら街の警備兵に突き出されるはずだろ? こんな所で暢気にパンを買っているとは思えないね」


 ロレッタは意外にも観察眼の鋭い店主と目を合わせる。

 悪い人じゃないはずだ。先程の言い分から、大人の不甲斐なさを嘆く心が伝わってきた。その上、見て見ぬ振りも出来たのに、少年を心配して声を掛けてきたのだ。


「この子を心配して見守ってくれていた大人の一人と考えて宜しいですか? 他言無用でお願いします。特にこの子の家族には」


 ロレッタが声を潜めたのに合わせて店主も神妙な顔をして頷く。


「まだ子供なので、反省させて私の下働きとして引き取ります。私もそこまで裕福とは言えませんが、定期収入があるので子供一人分を食べさせて行くことは可能です。昨日偶然会いましたが、これも縁だと思う事にしました。安心して下さい」

「……安心してるよ。嬢ちゃんがこの子の手を引いて現れた時からな。小汚い餓鬼が綺麗になってたし、こいつの分のパンも買っていたし、革袋にはたんまり金が入っていたし、後ろにいる男どもは明らかに実入りが良さそうだ」


 本当に観察眼が鋭いんですね。

 毎日毎日ここから朝の街を見ている生活なんだなと思った。

 そして少年の姿に心を痛めていたのだろう。

 店主はひょいひょいと袋にパンを二つほど追加してくれた。


「少ないが餞別だ。持って行きな」

「ありがとう」


 ロレッタは笑って答える。

 ロレッタは貧乏だから知っている。

 暮らし向きが苦しい人の、絞り出すような施しは、その人の命のようなものだって。


 弟三の手を取って一歩前に出させた。


「お礼を伝えようね。君を見守ってくれた人だから」


 そっと少年の背中に手を添える。

 なかなか言葉が出ないみたいなので、ロレッタは少年の頭を撫でる。


「今までありがとう。さようなら。と言っています」


 ロレッタの口からそう伝えると店主は笑った。


「元気でな。幸運をつかむ時は躊躇するなよ?」


 そう言って破顔する。



 朝の広場は賑やかだなと思う。

 夕暮れとはまた違う。

 朝陽が当たっていて、これから人々はそれぞれがそれぞれの仕事に向かうのだ。


 ロレッタは屋台の店主に手を振って別れた。

 知らない人、知らない場所に、知らなかった味方がいた。



 紙袋の中でカサカサと音を立てているフルーツサンドからは甘い匂いが漂う。

 きっとこのフルーツサンドは美味しいのだろうと思った。

 




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― 新着の感想 ―
[一言] 大変です 書籍販売が2004年の過去形に (笑)
[良い点] パン屋のおっちゃんもかっこいい
[良い点] パン屋さんのおじさん善き…号泣です! 地域が子供たちを助けるゆとりがない今の日本のようでつらいですね、三は救われたけど。シリル様行政で皆の生活よくして下さいね
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