第二十四話 君の名前
「ルーシュ様、折り入って御相談が………」
ロレッタは神妙な顔をして、ルーシュ様を呼び止める。
スラム街は出て、宿に向かっている所。まだ早い時間なので宿の朝食に間に合いそうだった。帰りがけに何か買って帰るというのも無しではないが、宿の朝食も食べてみたい……というか一文無しなので、朝市で何か買って帰るという選択肢が……ないよね?
「………実は……大変言い難い事なのですが」
「言い難いなら言わなくて良いぞ」
「…………いえいえいえ、言いにくいのですが。本当にとっても言いにくいんですよ? 私はこれを口に出してしまったら、きっと侍女としての評価が落ちるな……と予測が付くのです。だから決して言いたくない。でも言わない訳にはいかない。何故なら、困ったことになるからなのです」
「ほう。それは困ったな」
「ええ。困っています。けど、思い切って、勇気を出して言いますね」
「侍女として評価が下がるかもしれないんだろ?」
「そうです。ハッキリ言えば恥ずかしい」
「ハッキリきたな」
「はい。ハッキリ言いました。はっきりついでに言いますと………」
それでもロレッタが口に出せずにいると、ルーシュ様が顔を覗き込んで来た。きゃあ、近いです嬉しいです朝一で瞳の色を検色しましょうか? 朝陽が当たって瞳がいつもよりいっそ透き通って見えます。そういえば、先程の少女の唾液を受け止めた炎の魔術展開。神でしたね! 速さ、正確さ、温度。どれも計算し尽くされた完璧な執行でした。あのままルーシュ様が魔術展開をしてくれていなかったら、今頃頬辺りに彼女の唾液が付いていたに違いない。リフレッシュで綺麗には出来るが、不快は不快だ。
「お前、今脳内で良からぬことを考えていないか?」
「……………」
良からぬ事ではありません! 素敵な事です!
瞳の色を分析することは何度やってもやり過ぎということはないのです。
百回やっても有意義なのですよ? 分かりますか?
日向、日陰、夜と色が変わりますからね!
「ルーシュ様、先程はありがとうございました。私は少女が唾を吐きかけるなど考えていなかったので、とても助かりました。やはり、悪意が付くのは良い気はしませんものね」
「どう致しまして」
「………へへ」
そのままにこにこふにゃふにゃクネクネしてしまう。
しかし、ずっとクネクネしている訳にはいかない。
給料の前借りを依頼したいのだ。
ロレッタは意を決して口を開く。
「おきゅ――」
全部言い終わる前に、というより最初の一言を言い終わる前に、頭の上にずしりと何かが乗せられた。
少しだけ重いです。
何? 何?
チャリンチャリンいっています。
素敵な音が響いてますよ?
ロレッタが恐る恐る手を伸ばすと、それは革袋だった。
「魔法省からの手当だ。受け取っておけ」
「?!っ」
お、おか、お金っ。
頭の上に乗せられたのは、お金の入った革袋でした。
え? こんなに?
孤児院に行った時のだよね?
「貰ってよいのですか?」
「もちろん。正統な報酬だろ。命の危険が伴う仕事だったしな」
わぁ。嬉し。ロレッタは革袋を抱えてクネクネしだす。
嬉しいな。銀貨と銅貨がざっくざく。
嬉しいな。嬉しいな。何買おう。
「ルーシュ様、ありがとうございます!」
「良かったな」
「はい」
ロレッタは何かくるくる踊りながら少年に近づく。
「おはよう、少年。いつまでも少年と呼んでいる訳にもいかないので名前を教えてよ?」
少年はぷいと横を向いてしまう。
ロレッタはそんな少年の頬を突っついた後、無理矢理肩に手をかけた。
「お姉ちゃん、臨時収入が入っちゃった。嬉しい? 嬉しいよね! 私には実の弟が一人いて、義理っぽい弟がついこの間増えて、今日君が増えた。第三弟と君の事を呼ぼうか? それでもいいよ? どうする? それともこっそり教えてくれる?」
ロレッタは少年の口元に耳を近づけたが何も聞こえない。うん。まだ内緒ですか? いいですよ? 待ちましょう待ちましょう。
「弟その三。一つだけ朝の屋台で何か買ってあげるよ。そして宿に持って帰って一緒に食べよう。その後は宿の朝食を食べて君の服と靴と帽子とスカーフと鞄を買ってあげるね。そして髪を切ってあげる。そうしたら別人だよ? もしかして格好良くなっちゃうかもよ? どうする? なっとく? なっちゃいますか」
そう言って肩を組む。組みながら広場の屋台に向かって歩き出した。
お金って素敵。私、お姉ちゃんぶれるよ。
何食べようか? 私はもう甘いものと決めているから。フルーツもいいけど、フルーツサンドも捨てがたいよね? 想像するだけで蕩けちゃう。
少年には何が良いかな?
甘いものがいいのかな?
しょっぱい系かな?
何が好きなんだろう?
少しずつ知っていけたら良いな。
そう思いながら、ロレッタは自分より小さな少年を横目で見て笑う。
弟が三人も出来ちゃった。歳の頃は全員同じくらいだから、皆で仲良くなれればいいな。
臨時収入を頂いて、分かりやすく気持ちが上がった。
吃驚するほど単純だが、弟っぽいものが出来た以上色々買ってあげたい姉心(自称)なのです。








