第二十三話 屋台飯とクロマル
書籍化記念SS
間が少し空いてしまってすみませんっ
書籍版の校正作業をしておりました!
クロマルと孤児院出身のアリスターのお話になります。
ロレッタ×ルーシュ×シリルが屋台の御飯を食べようとした時のエピソードになります。
アリスターとクロマルは自室の床に大がかりな魔法陣を形成していた。
エース家の床に直接書くのもどうかと思ったのだが、そうは言っても、距離があるため結構大がかりな空間転移魔法になってしまうし、魔法陣の方も自動的に大きくなってしまうのだ。孤児院にいた頃は森の中にこっそり作っていたのだが、エース家の庭にこっそり描くなど土台不可能になる。何故なら庭師がいる訳だし。あっという間に見つかってしまうことが想像に難くない。それに夜など転移させるのが庭だと暗い。そんなこんなで自分に宛がわれた自室に描くということで落ち着いた。アリスターは今年の春、孤児院から六大侯爵家であるエース家に引き取られていた。十二になれば孤児院は卒院してそれぞれ身の振り方を考えなければならない。農家に下働きとして引き取られたり、職人の見習いになったり。十六まで只同然で働かされて、見習い期間を終えたら自立する。王領の場合は耕していない土地など荒れ地を格安で貸してくれて、十年耕し続ければ個人の土地として登記してくれるなどの措置があるにはある。けれど、家もない井戸もない収入もないスタートでは、軌道に乗せるまでが命がけだ。嫁などそうそう来ない。
来るとすればそれは孤児院時代の幼馴染みになる。
アリスターは自分の将来の展望が描けずにいた。描けなくとも時間は刻々と過ぎてゆく。そんなアリスターが今、こうやって自室をもらい、クロマルとも離れることなく、毎日の衣食住が保証され、魔法訓練や読書が出来るなんて、想像だにしていなかった現実だ。有り難いなどという言葉では足りないくらいの感謝の気持ちを持っている。
床で真剣な表情で魔法陣の出来を確認しているクロマルを抱き上げる。
クロマルはブラックスライムという魔物で、その魔物をつれて農家の下働きには行けないし、職人の見習いにも行けないし、アリスターはきっと成人した所で路頭に迷っていたに違いない。それが突然現れた三人の魔法省の魔法士、ルーシュ様シリル様ロレッタお姉様にあれよあれよという間に引き取られたのだ。その日その時までそんな話は聞いていなかった。孤児院に寄付をしてくれる貴族が久し振りに来ただけだと思っていたのだ。そして女性魔法士の手にはいかにも手土産といった様のバスケットが持たれていたので、空間転移させたのだ。もちろん独り占めなんてするつもりはない。ちょっとだけフライングしたかっただけだ。クロマルが……。
クロマルは食べる事が大変好きなスライムで、僕は彼に美味しいものをいっぱい食べて欲しいと思っている。もちろん人のものなんて盗まない。そんなことをしては僕の社会的人生が終わる。孤児なので元々社会的なステータスなんてものはないに等しいのだが、そうはいっても、孤児院にもエース家にも迷惑を掛けるのはいやだった。それは恩を仇で返す所業だ。育ててくれた院長先生の評判も悪くなってしまう。対外的な評判なんて気にするような人ではないのだが、でも出来る範囲で一生懸命子供を育てている人だ。自分の欲望なんて何も叶えていない人生だ。金銭がなければ人は疲れる。自分の時間がなければ人は気力が弱る。食べなければ体力を失う。院長先生はそれをギリギリのところまで節約して他人に分け与えている人だ。なかなか出来ることではない。
いつか恩返しができればいいな。
無神経なシスターならば、魔物を囲うことなんて許さないのだ。
でも院長先生は、必要だと思ったことは平気な顔して見て見ぬ振りをしてくれる。
近くに住むクロマルは友達だった。その後、僕がブラックスライムを連れていても、片眉を上げるだけだった。全部飲み込んでくれたのだ。僕の最初の恩人はクロマルで二番目の恩人が院長先生で三番目の恩人はエース侯爵家のルーシュ様。孤児なのにもしくは孤児だからかもしれないが、恩人が三人もいるなんて恵まれている。この三人は僕の人生が続く限り大切にしよう。恩は忘れずにいよう。ルーシュ様は定期的に院長先生に差し入れを届けている。そこには子供達のものとは別に、シスターの楽しみになるようなお茶などを入れている。つくづく気の回る人だなと思う。エース家にとっては一銭にもならない事なのだが、きっと院長先生の人柄というか、ルーシュ様が結構気に入ったに違いない。僕は孤児院の中では恵まれた孤児院出身なのだろうと思う。貧乏だったけども。冬は寒かったし夏は暑かったけど。それでもそれなりに生きてこられた。春はミモザが綺麗だったし、夏の川は冷たかったし、冬の雪遊びは楽しかった。生活の中に、少しだけ遊びが漂っていたように思う。
点検が終わると、僕は魔法陣に魔力を流し込む。
この魔法陣はルーシュ様の出張中は何度も起動することになるのだと思う。
クロマルが各地の御飯を食べたいと言ったのが発端だ。
これはきっとアレ。
ルーシュ様とシリル様とロレッタお姉様なら笑って許してくれると分かっているからの空間転移魔法。
そして――
もしもあの強すぎる三人が闇の魔術師を欲したら、僕すら転移させられる精巧な転移門だ。出口の座標はクロマルがいるところ。ロレッタお姉様につけたクロマルのいる所ならどこでも。
闇の魔術が起動し、紫色の光を発光させはじめると、次々と美味しそうな御飯が転移されてきた。クロマルの目がこれ以上ないくらい開かれ、口元にはよだれの海が広がり始めていた。
良かったね、クロマル。
君が幸せで嬉しい。
君がにこにこしていると、それだけで僕は幸せ。
 








