【002】『ココ・ミドルトン男爵令嬢(ヒロイン?)』
私は女の子友達と呼べる人がいなかったから嬉しかったのを覚えている。だって聖女科って私の学年一人だったよ?
私がココ・ミドルトンという女の子からお手紙を貰ったのは、高等部五年の頃だったと思う。ご自分の絵姿も同封してあった。少し変わっているな? とは思いましたとも。いや初見の人にお手紙を書くのも勇気がいるものだが、絵姿って。どう反応すれば正解? まあ、自分の容姿的な何かに自信があるというのは伝わって来た。
そこには彼女の価値観が書いてあったように思う。生まれ持っての特権である『魔法』についてどう思うか? 親の決めた『婚約』をどう思うか? 長かったね。恋と考え方の主観がびっちり便せん十枚はあったと思う。呪いの手紙かと思ったわ。生まれ持っての特権と言うのならば、男爵家令嬢という身分もその一つなのでは? と思わなくも無かったが、わざわざは言わなかった。聞きたくないだろうし。返事は書いた。便箋一枚だけど……。少なかったから呪われたの!
そう言えばその頃から、すれ違いざま「ヤセ」とか「チビ」とか言われるようになった。その後決まって「ココ様は可憐で可愛らしい」とか「女性らしい」とか続くのだ。多分第二王子殿下の側近周りの方。教養科からわざわざやって来た!? 悪口を言うために時間を割いたなら天晴れだ。
私は白状します。子供の頃は少年に間違われてもおかしくないタイプでしたとも。髪が短ければ完璧だったろうね!可哀想だけども!
「チビ」……。この言葉は悪意を付けて、使ってはいけない単語だと思う。落ち込むもの。身長なんて自分ではどうにもならない。人の世界は努力でどうにかなるものとならないものの二種類が存在している。努力と云う名のものは、前者に注がれるのが健全な思考だ。そうしなければ苦しくなってしまうから。
でもきっとこの頃には浮気の温床は出来上がっていた。アクランド王国第二王子殿下は、婚約者がいながら浮気をしていた。そして、浮気をする理由を自己肯定的に相手に求めた。婚約者が痩せているからいけないんだ。チビで女らしくないから当たり前なんだと。
そんな事も知らずに、私は彼の瞳の色のドレスを買ってしまった。大切な貯金を使って。どうしよう? 彼はきっと迷惑だったに違いない。嫌っている婚約者が、自分の色を纏うなんて。ごめんね、気づかなくって。そういう所も嫌われてたのかな? 少なくとも私は、自分の貯金で買ったものだけど、あなたの事を思いながら買いました。
その頃には、王立学園一の美少女は、ココ・ミドルトンだと謳われるようになっていた。魔法科も聖女科もみんな知るようになっていたと思う。
もしかしたら。美少女という噂だけではなく、第二王子殿下といつも一緒にいる仲の良い生徒という噂もあったのかもしれない。本当はそちらの方が有名だったのかもしれない。
彼の瞳のドレスを着て、寒い中、コートも羽織らずに震えながら歩いた自分が情けなかった。私は聖女訓練に明け暮れていたから、社交に疎かったんだろうね。
きっとそうなんだと思う。
アホらしい。アホらしくて泣けてくる。私が毎日毎日聖女修行に明け暮れている間に浮気。とんだ不貞王子じゃないか。しかしこの国の王子は聖女と結婚するのが慣わし、婚約は第一聖女が王太子殿下、第二聖女が第二王子殿下と続くわけだ。
お陰で聖女科は王子妃教育というものまで内包していて、単位量がごつい。国境が隣接している国の語学まで習う。通訳で良くない? 良いでしょ? 癒やし手のスペシャリストであるのに、語学や外交、経済や福祉。ちょっと一介の聖女に色々求めすぎだって。押しつぶされるかと思ったわ。
六年で五カ国語もマスター出来るか!? 国の歴史である国史。お隣の国の歴史である世界史。地理、特産物、経営に統計学。まだまだあるよ。故に聖女科の生徒五人は(第一聖女様はご卒業になっているので正確には四人)勉強に追われ、くたびれ感が否めない。聖女なのにキラッキラしてなくて御免なさい。
しかも王政学とは頭の使いどころが全然違う聖魔法。傷に手を当てることで発動する、どこか教会の絵本とは違い、こちらめちゃくちゃ自然科学というか、物質変換式を瞬時に構築しなければならないのだ。どっちかと言うと錬金術というか医学というか化学というか数学というか。全部足して割った感じというか。
それを空気を吸うように瞬時に出来るようにならなければならない。いうなれば暗算だ。良く出てくる構築式は暗記する。そうでなければ暗算がエグ過ぎて、途中で頭が真っ白になるわ。朝から実技も入れて十時間授業だ。闇だ。聖女コースは闇だと思うよ。その上課題をこなすから、二十四時間空いている図書館で日にちをまたぐ事だってある。
聖女コースは六歳くらいから詰め込むのがお勧めだ。十一歳からじゃ間に合わないよ! 切実だったよ。
今考えてもあの灰色の学生生活はなんだったんだろう? と思う。恋愛してる暇なしだったわ。教養科が羨ましい。私は愛も恋も魔法も生まれも便箋十枚分も悩む暇がなかった。あの便箋一枚のお返事は一分くらいで書いた。時候のご挨拶と、お悩みなんですねという共感と、ではまたくらいの結びだ。短くても心は込めたつつもりだが呪われた? うん。
しかし、あの灰色の学生生活を越えた矜持のようなものがある。そうだ王子妃になるんだから仕方が無い。知らなければ王子が困る、国民が困る、そう思えばこそ乗り越えられたのだ。中等部三年生なんて今年留年した。三年は二人居たが仲良く留年だ。
三年から四年に上がるのは結構シビアで聖女科の第一関門。
ココ・ミドルトンはこの鬼の聖女科コースを越えていない。そもそも聖女じゃないのだ。これいかに? 国王は聖女と結婚する。これは建国からの慣わし。何故なら建国の王の妃が聖女だからだ。王の隣にはいつでも聖女がいた。彼の傷を治し、体力を回復し、王が王座に付く為、補佐をし続けたのだ。
王国賢者は七人。六大侯爵家の始祖プラス王となる。アクランド王国の侯爵家は六つ。炎、水 風、土、光、闇、六属性を引き継ぐ建国からの王の盾。これに雷の使い手を入れて七人だ。
その上の貴族は公爵家しかない。公爵家は代々の王弟の家柄。王族直系の分家に当たる。王家に跡継ぎがいないなどの不測の事態には公爵家から養子を取るくらいの家だ。連綿と続く慣わし。ココ・ミドルトン彼女は聖女ではない。聖魔法が使えない。そこはーー