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第十九話 スラム街の夜明け3





「金の使い道が店しかないと思っているのが温室育ちの何ものでもないんだよっ。貧乏人が正規の店から品物なんか買えると思ってんの? 二重に馬鹿なの?」


 光の網越しに何か少年が憎々しく睨んで来る。

 瞳も真っ黒で黒めがちですね。

 黙っていれば可愛いのに、随分と口が悪い。


「馬鹿って二度も言いましたねっ」

「馬鹿に馬鹿って言って何が悪い」

「これでも学校はトップの成績で卒業したのですよ? 馬鹿じゃないし、今のうちに訂正した方が良いんじゃないですか? どんどん刑期が延びますよ? 魔導師への不敬罪とか不敬罪とか不敬罪で」


 ロレッタはフンと言い張る。

 しかし、自分で自分の成績自慢するとか恥ずかしい。

 もうやるまい。

 トップとか言って、学年に一人しかいない聖女科なのだがら、当たり前といえば当たり前。みんな誰でもトップです!


「良いですか? あなたがやる事を言いますよ。私達三人は魔導師です。しかも魔法省でもトップクラスの魔導師です」


 嘘です。

 アルバイトです!


「逃げ道はありません。あなたの取れる行動は、謝罪して、お財布を返し、罪を償うことです。魔法省の官吏から財布を盗むなんてお馬鹿さんですね! 見つかるに決まっているじゃないですか? 国の国家機関魔法省ですよ? 魔導師としてエリートじゃなきゃ入れませんからね? 国家魔法士に敵う者なしです」


 私、正規ルートで入った訳じゃありませんけども。

 ルーシュ様とシリル様は名実共にトップですけどね!


 でもね――


 抵抗力というか、戦意を削いで置きたいというか。

 刃向かわれるのは危険だし、この少年の為に避けるべきなのだ。


 だって、明るい中で見たら、もう明らかに痩せこけているのが分かる。

 骨と皮でだけというのは、こういう事を言うんだと目の当たりにした。

 ロレッタも痩せている方ではあるが、根本的な次元が違う。

 盗んでも盗んでも食べてはいけないのかな?

 正直、スラム街の子供なら、貴族の財布一つで半年から一年くらい食べて行けそうな気がするのだが……。


 ナイフを就寝時に携帯しているくらいだから、お財布も身につけている?

 お金がないなら、ないでいい。

 一度は盗まれたものだ。

 大変残念であるが……。

 ハニーハンターとして月賦で払って貰う事にする。

 でも、お金の行き所は確認しておきたい。


「で、お金はどこに流したんですか? この島を取り仕切っているスラム街の悪ボスみたいな人がいるのですか?」

「……そういうんじゃない」

「じゃあ、あれだけのお金を一晩で何に使ったんですか?」

「……それは」


 少年は黙って下を向いてしまう。

 しかし、下を向く瞬間少し姉の方を見た事に、ロレッタは気が付いた。

 そんな分かりやすく視線を運ぶなんて、あなたこそ素人ですね? ロレッタも聖女なので別に素人ですけども。

 姉が財務大臣?


 ロレッタは、十三、四歳くらいの、明るい茶色の髪をした姉を見る。


 ずっと感じていた違和感。

 あまり良い意味ではない違和感。


 何故?


 何故、姉と母は痩せていないのか? 

 という話。

 むしろふっくらとしているのだ。


 普通は――


 これだけ弟が痩せているのだがら、姉だって母だって痩せているものではないだろうか?

 まだ、血縁関係は明らかにしていないが……。

 姉と母親は血は繋がっていると思う。似ているので。

 少年の方はどうかな?

 少年だけ黒髪黒眼。

 これだけ強くでているのだから、土の魔導師の因子を一つくらい持っていそうではあるが……。



「魔法士様、お金は私が持っています。今日、使う予定でいましたが、まだ使っていません」


 そう言って、少女がお財布を毛布の中から取り出して見せる。

結構近くにありましたね、まだ減っていなそうです。


「でも、下さい」

「……………」


 少女は悪びれる事もなくハッキリとそう言い切った。


「このお金で、私と母の食料を買い、綺麗な服を買います」

「…………」

「そして、私は身なりを綺麗にし、貴族の目の前で転ぼうと思います」

「…………転ぶ??」


 ロレッタは首を傾げる。

 転んでどうする?


「目の前で自分に向かって女の子が転んで来れば支えますよね? 悪人なら避けるかも知れませんが、悪人なら用はありませんから、別に自分の力で立ち上がるまでです。擦り傷くらいは出来るかも知れませんが、先行投資といますか、大したリスクではありません。傷が怖くて可能性を狭めることなんてしたくありませんから」

「…………」

「そして、貴族様と私は目と目があって運命的な出会い成立です」


 ん?

 目と目が合って運命??

 

 

「貴族に拾って頂いて妾になるのです。その為の資金にします」

「…………」


 つまり、裕福な貴族の前で転び→恋心が芽生え→妾になる。

 そういう脳内計画があると。

 それを実行する為の金なのだと。

 そう言いたいのですか?


「ですが――」


 そこまで言って、少女はチラリとシリル様を見た。


「あの方が私を妾にしてくれるのであれば、このお金はお返しします」


 そう言って、少女は満面の笑みを浮かべた。

 ………シリル様に向かって。

 何百回も練習したしたというような完璧な笑顔を作っています。

 

ロレッタは少女にこれ以上ない極上の笑顔を向けられているシリル様を見た。



 あの人は――



 この国の王太子殿下です。


 今でこそ? というか、今は魔法省の官吏をしていますけども。

 一国の王太子様です………。




 場が一瞬静まりかえった気がするが、助けを呼ぼうとルーシュ様を見たら、何かちょっと口元に笑いを堪えているような………。



「………あの、すみません。もう一度良いですか?」


 ロレッタが再度尋ねると、少女はコクリと頷く。

 ここが勝負所だとでも言わんばかりの顔をしている。


「私は貴族になりたいのです」

「貴族になりたいのですね?」


 ロレッタがオウム返しのように復唱する。

 相手の話が理解しやすいよね?


「その為には貴族の妾になるしかありません」

「貴族の妾を狙っていると」

「その通りです。貴族になりたい。毎日美味しいものをお腹いっぱい食べて、綺麗な洋服を着て、ふわふわのベッドで寝たいのです。明日の御飯の心配をするような、湯浴みも出来ないような、冬は隙間風で毎夜震えるような、そんな生活は嫌なのです。だから貴族になります。大それた事をと思われるかも知れませんが、思わなければ道は開かれない。貴族に生まれなかった以上、その道で貴族を目指すしかありません。衣食住の不安の中から、幸せって生まれますか?」


 少女の茶色い瞳が瞬きもせずシリル様を見ていた。


「歳の頃も丁度良いですし、見目も麗しい。あれほどの貴族の方とは、会った事がありません」



 ――あの方は……。


 王太子殿下ですからね。

 一国の王子です。

 貴族というか王族。


「あの方の妾になると決めました」

「…………」


 

 王太子殿下の妾希望だそうです。

 二度聞いても、やっぱり我が耳を疑いますね。




いつもお読み頂いてありがとうございます!

書籍化作業中は暫く隔日更新で参ります。

(既に隔日状態ですけどもっ)

宜しくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これに向かって弟?に犯罪させてという発想の絶望感…つらいですねえ
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