第十八話 スラム街の夜明け2
ロレッタは網に捕らわれて寝ている三人を見る。
三人か………。
三対三。
全員で来て良かったなと思う。
ロレッタはスリをした張本人を相手にする必要があるので、他の二人はルーシュ様とシリル様にお願い出来る。問いただしている時は、視線を切りやすい。正直見張りがいてくれるととても安心だ。……網の中ですけども。
一般人は網の中から出られはしないが、魔法士は一瞬で破る事が出来る。
スリをした少年は、魔法を使っていなかった事から考えても、魔導師ではないのだろう。があくまで予測で百パーセントとはいえない。瞳の色と髪の色を確認していない為だ。夜暗かったのでそこまでは分からなかった。
なので捕らえた後、何を優先してやるかというと、魔導師か魔導師ではないかの確認だ。それによって戦闘のレベルが飛躍的に変わる。魔導師である事を隠している場合は不意を突かれる可能性がある。潜性遺伝が強いため、たまに市井に紛れているのだ。
市井に紛れた魔法士は、基本魔法の使い方を知らぬ為、何をしでかすか分からない。
アリスターを例に上げてみると良く分かるのだが、貴族が育てればああはならない。
どうすればあんなに通常運行で禁術が出て来るのか?
本来闇魔導師というのは召喚の魔術師と刻印の魔術師に専門分野が別れる。
召喚専門とは、魔物を召喚し使役することによって戦う魔術師の事だ。
刻印の魔導師は、身体などに闇魔術を施す事をいう。例えばココ・ミドルトンに押した罪の烙印がそうだ。もしくは盗賊が恐れた人格矯正印。闇の魔導師はエルズバーグ家直系でなければ魔法省に所属している。
アリスターは召喚の魔術師なんだろうと思うが、その割には気軽に他魔法を使っている。
来年確実に王立学園魔法科に送り込まないと……。
ロレッタは三人の髪の毛を視認する。
母親らしき人と姉は明るい茶色。
明るい茶色は目を見なくても分かる。
魔導師ではない。
じゃあ、男の子は――
黒髪だ。
黒髪か……。
黒髪は土の魔導師が持つ色なので、目も見たい所だけど。
黒髪というのは、よく見ると大変黒に近い焦げ茶色という場合が殆どなのだが、純色の黒となるとな……。
この場合、取る事が出来る選択肢は二つ。
確実に起きると分かっていて、強制的に瞼を開かせる。もしくはロレッタの聖魔法で髪を検査に掛けるかなのだが……。
普通に考えれば後者だ。その方が確実だし、対象も起きない。
ロレッタは小さな聖魔法の魔法陣を起動させて、子供の髪の毛に通すように流した。
光の魔術より、色素確認で使う聖魔法は慣れているので、そこまで構えなくても自然に出来る。
やはり、限りなく黒に近いが、真っ黒ではない。
一般人で間違いないだろう。
ロレッタは少し間隔を開けて立っているルーシュ様とシリル様に頷いて見せる。
対象の動きは封じた。
魔法士ではないことも確認した。
家全体に光のシールドも施してあるし、地理に明るくない場所で逃げられるという道も潰した。
よし。
後は起こして、状況確認をして、財布を取り戻して、ヘッドハンティングだ。
ロレッタは覚悟を決めて、少年の肩に手を掛けようとした瞬間。少年の目がパチッと開いた。
「!?」
嘘、起きていた?
もしくは、今起きた?
反射的に距離を取るために後方に飛び退くと、ちょっとグラリとバランスを崩す。
私に必要なのは、魔法訓練ではなく、体力作りなのでは!?
少年は素早く姉と母を起こすと、跳ねるように立ち上がろうとしたが、そこで自分が光の網に捕らわれていることに気が付いたようだ。
ズボンのポケットからナイフを引き出して鞘を抜くと、光の網を切ろうとしている。
ロレッタはロレッタで護身用のナイフを寝ている時もポケットに入れていた事に驚いた。
枕元ではなく、ポケット?
寝る時にポケットに入れて置くと、堅くて睡眠を阻害される。
寝返りが打ちにくいし、長時間当たれば打ち身になる。
そんな風に生活するものは、二十四時間警戒の必要な立場にあるもの。日陰の者が多い。どちらかというと影などのプロというかその道に長けたもので、子供がそういうことをするんだ? と一瞬戸惑う。
がしかし――
ナイフでは光の網は切れない。
昨日即席で作った物だけに、そこまで自信は無かったのだが、行けた。
思うに魔道具化していなかったのが功を奏したのかも知れない。
魔道具は一般人も使えるが、魔法は魔術師しか操作出来ないから。
女性と女の子は私達三人をぽかんとした顔で見ている。
誰ですか? といった感じでしょうか?
男の子は気付いているのかな?
私達、昨日と服とか違うしね。
今は魔法省の制服を着ている。
物理攻撃にも魔法攻撃にも強い魔道具の一種なので、戦闘が予測される時はこの服一択だ。
「その網はいくらナイフでも切れません。光の魔法で編んだ網ですから。観念して私の財布を返しなさい。人が労働の対価に貰ったお金を盗んではいけません」
「昨日の!?」
「そうです。魔法士は盗人を見逃しません」
「はあ、魔法士なら空気読めよ。金なら唸るほど持ってるんだろう? 子供の一人くらい見逃せよ! 施しの一種だろ」
「盗人猛々しいですね! 施しとは強制ではありませんよ? あくまで施す側の意思です。読む必要のない空気は読まないが懸命です」
「じゃあ、なんで昨日は見逃したんだ? 魔法士なら返り討ちに出来たはずだろ? わざと見逃しておいて、この遣りようか? 意味わかんねーんだよ」
「ふん。寝起きの割には良く口が回りますね! 昨日は昨日、今日は今日です。私には海より深い考えがあるのです。取り敢えずはお財布を返しなさい。話はそれからです」
勿論海よりも深い考えというのは、ハニーハンターの育成後付けなのだが。
「金金うるさいんだよっ。お前素人だな、盗んだ金が一晩経ってそっくりそのままあるわけないだろ? 馬鹿なの?」
「人のお金を盗んでおいて馬鹿呼ばわりですか? 何様ですか? というか結構憎たらしくて跳ねっ返りですね、丁度良いです。打って付けです。ふん。私の計画の為にピッタリですね。同情できないところなんか良い感じです。店も開いてないのに一晩で使い切る訳ありません。そんな嘘に騙されるほど、温室育ちではないんですよ? 夜に盗んで明け方じゃないですか? 使う暇なしです。そう言えば諦めると思いましたか? そちらこそ浅はかですね?」
ロレッタと少年は何故か泥沼の口喧嘩に発展していた。
なんでこうなった?
 








