第十七話 スラム街の夜明け。
ロレッタはスラム街のある家の窓から、中を覗いていた。
窓から覗ける室内などたかが知れている。
しかし、家というかバラックというか無秩序に立っている違法の小屋の中は、案外にもハッキリと覗けた。
窓といっても硝子がない。
襤褸切れが気持ち掛かっているだけだ。
シトリー領にはスラムがない。
大きな街がないからなのだが……。
人もあまりいないしね。
村が点在するだけだよ。
違う意味で貧しい所なのだから。
私達は昨日徹夜で糸から網を織った。
何故か、糸は出て来るが網にはならないという事で、光の糸を一本一本編み込んで行ったのだ。ルーシュ様とシリル様は体力回復ポーションを飲んだからか、それとも光の糸が珍しかったのか、もしくは魔法で網を織る行為が初めてだったからか、何か二人とも割合楽しそうに編んでいた。
初めてシリル様が泊まりに来た時に分かっていた事だが、二人とも凝り性な上に、魔法が好きーなんだよね……。魔法の前では三度の食事も睡眠も霞む。そして隣に聖女がいるからか、ポーションのドリンクバーがあったからか、休息を取らずに強行していた。ルーシュ様は織り上がった網の一つに炎を当てて耐久性を見ていた。
人の手では破れないけど、魔法では破れるな? と言っていた。
いきなり穴を開けたよ? そんな躊躇なく?
織り上がった網はこのまま使うか、魔道具化するかどうするかという話になったが、どちらが良いか分かりかねるので、一つは魔道具化し、その他の物はそのままにしてある。
それをいつでも出せるように、それぞれ出しやすい場所に仕込んだ。
街は静まりかえっている。
明け方のスラムは静かなのだなと思った。
しかし、人はいる。
家の中には三人の人間が寝ていた。
子供が二人に大人が一人。
私の財布を盗んだ子供と。
それよりも二、三歳年上の少女。
そして母親らしき人物。
起きて動き出すと面倒なので、寝ている間に三人とも生け捕りにする?
声を出して仲間を呼ばれるのも面倒くさい。
音を出さない事と、気づかれない速さが重要。
ルーシュ様とシリル様と頷き合う。
昨日立てた作戦通りだ。
ルーシュ様が扉、そしてシリル様が窓の下。
この家の出口二カ所。
逃げるのであれば、そこに向かう。
ロレッタは魔法起動準備入る。
王都にいる時に、光の魔導師に習ったのだ。
まだ習得中の魔法なので、不安定だが。
自分自身に定着仕切れていない魔法の場合は詠唱に頼りたいが、ここで声を出すわけにはいかない。心の中だけ。
光の波動と粒子。
光魔法は数式の魔法と呼ばれる。
習ってみて吃驚だ。
七属性で光が一番数学に精通する必要がある。
聖魔法と光魔法が分けて習得される理由が少し分かったな。
ロレッタが集中すると、家の四方に小さな魔法陣が形成される。
その白い魔法陣に魔力を流し込むと、光の柱が出来る。
この場所の質量に波を流して立方の膜、つまり光のバリアを作る。
ロレッタ達三人はバリアの内側。
逃げ道を三重に塞いで、更には外部からも手出しが出来ない状態にする。
ロレッタが一息吐くと、光の柱から右から左に向かって、薄い光の壁が伸びる。
光の特性からか、伸びる刻は一瞬。
次に息を吐いた時には光のバリアが完成していた。
出来た。
安定とまではいかないが、それらしきものが。
多分……。
魔術師には破られるが、一般の人には破れないくらいの強度。
力のある光の魔導師なら、魔法の槍も跳ね返すと言われる光シールドだが、ロレッタの場合物理的な槍も怪しい。怪しいが一回は防げる気がする。
このバリアの一番の目的は、外からの攻撃防止だ。
不意打ちだけは間違いなく防げるのだから。
背後からの不意打ちの対策さえ取る事が出来れば、魔導師三人に敵う一般人はそうそういない。
いたら驚く。
良し。
バリアが想像通り張れて、三回目の息を吐いた時には、小さな一間の家に住んでいた住人は、既にシリル様の投げた光の網に捕らわれていた。
瞬殺。
というか……。
私達、三人の魔導師は何故スラムの子相手に、こんな敵陣に乗り込む程の、念には念を入れて準備していたのか、分からなくなる呆気ない幕切れだった。
それはそうだ。
スリの子供だよ?
でも。
用心深い私は、決してバリアは解かない。
油断して得られるものなど返り討ちくらいだ。
返り討ちは良くない。
ロレッタは網に捕らわれても、なお寝ている毛布を見ていた。
まさか偽造じゃないよね?
毛布を剥がした途端向かって来られても困るので、やはり光の網の存在は重要だと思う。
徹夜した甲斐がありましたね。ルーシュ様、シリル様!








