第十五話 ハニーハンター。
アクランド王国王太子殿下と六大侯爵令息が揃ってフリーズしています。
ルーシュ様が彫刻のように動かなくなってしまったのは、久し振りだなと思う。
私の履歴書を見て以来でしょうか?
あの時は、聖女の履歴書を見て固まってしまったのでした。
懐かしいな……。
ついこの間の事ですけども……。
私が昔を懐かしんでいると、ルーシュ様より先に復帰したシリル様が、ギギギと音がしそうなぎこちない動きで首を回し口を開く。
「ハニー……」
「ハンターです」
「ハニー」
「ハンターですよ?」
「ハニー………」
「……………」
シリル様がゼンマイ仕掛けのお人形みたいになってしまった……。
ハニーハンターです! シリル様!!
「………その、つまり、以前に言っていた蜂蜜の話だよね? アレ、冗談だよね?」
「冗談じゃありません! 本気も本気でした」
「…………」
「…………シトリー領を『花と蜂蜜の里』計画の一歩を歩む記念すべき日ですね!」
ポーション革命に続いて二度目の記念日だ。
大切な日なので覚えておこうと思う。
「……お前、ロレッタから聞いていたのか?」
フリーズから立ち直ったルーシュ様がシリル様に問う。
「………一応、淡い夢の一つとして聞いたような……」
「何故止めなかった」
「いや、止めるまでもない、何か空想の出来事だと思っていたものだから」
「………空想って……。全然空想じゃなかったじゃないか。何かスリの子供を商会の下働きとして迎えようとか言い出したぞ」
「…………ほんとに」
「ロレッタが何処か夢見がちで、突飛なのは職安に駆け込んだ事からも分かっていたよな?」
「…………」
「あまり実感してなかっただろう?」
「……いや、もちろん実感していたつもりだったのだが、伝え聞いたものだったから、現実より甘く見ていた感は否めないが……。ここまでとは……」
「聖女なのに職安に駆け込むような子だぞ。意外に行動力があるんだ」
「……ね。吃驚だね……」
「俺なんか、履歴書を見せられた時、職業安定所の『こんにちは仕事』のコーナーで跪かれたんだぞ。伯爵令嬢であり聖女に。正直ドン引きだった」
「……それは確かに……」
「あの時も、フリーズしたな」
「それはするね」
「しかも何故か両手を差し出された」
「なんで両手?」
「左手に履歴書を持って、右手はたぶん手を取って欲しいという意味の右手だったと思う」
「……どちらの手を取ったんだ。もちろん右手だろうな?」
「いや、左手だ」
「………ルーシュ。それは女心の分かっていない行為だ」
「いや、それを言うなら女心ではなく、就活心だ」
「………しかし、礼儀として右手だろう」
「お前は、女の子に跪かれて右手を取った事があるのか」
「……ないな。その位置関係は男女逆だ」
「そうだろ」
「そうだな」
何故、ルーシュ様とシリル様は職安のお話になっているのでしょうか?
ハニーハントのお話ですよ?
戻って来て下さい!
私の心の声は届かず、メンズトークに花が咲いています。
「……しかし、その男女の立ち位置が逆だったとしても、その状況は羨ましいものがある」
「本気か、シリル。羨ましいとか、病気だぞ」
「いや、羨ましい。僕は絶対に右手を取って、『心配ないよ。君を永久に雇用する』と言ってあげたい」
「ロレッタを終身雇用するのか?」
「する。迷わずに。むしろ迷う意味が分からない。第二聖女だぞ? ちなみに能力的には第一聖女。この十年でもっとも聖魔力が強いと判断された事になる。そんな被雇用者を手放す人間なんかいるのか?」
「いや、跪かれた時点では、まだ聖女とは知らなかった」
「そんな訳ないだろ。髪色と瞳の色を見れば一発じゃないか?」
「いや、俺はお前のような聖女ファンじゃなかったんだ。分からないだろ?」
「ふ、紅の魔術師ともあろう人間が、状況判断が甘すぎではないか?」
「なんだと? 職業安定所に行ったこともない人間がどの口で言う。聖女が職安にいると思うか? 聖女は聖女だ。それ自体が希な存在なんだ。仕事に困窮しているなんて思わないだろ?」
「……確かにミスマッチではあるが……」
「ミスマッチというレベルではなかった」
「しかし、聖女とハニーハントというのも大変なミスマッチではないだろうか?」
「聖女とスラム街の子供という所までは、ミスマッチではなかったがな」
「……そこまでは聖女っぽかった。その後に、『蜂の巣を盗み、トンズラ』辺りから、聖女っぽさが完全に抜けた」
「聖女っぽさどころか、伯爵令嬢というか侯爵令嬢としてかけ離れた存在になったな……」
ルーシュ様とシリル様がうんうんと頷き合っている。
ん? 私、ディスられてる???








