第九話 ブロマイドの行方。
シリル様は先程馬車の中で見せて頂いた『古の魔法陣書』?でも分かる通り、古代魔法を研究していらっしゃる。王太子でありながら魔法省にも所属し、研究も欠かさず、商会も運営し、そこから自由に使えるポケットマネーまで捻出される?
絵も描けて、剣も弓も使える雷の魔術師。
シリル様……天才?
粉にした魔石が絵の上でキラキラ輝きながら、薄い魔法陣を浮かせているのを見ていたら、目の前の絵が素早く抜き取られたのが分かった。
え?
抜き取られたと認識した直後、真後ろで閃光のような小さな光が炸裂する。
その直後、地響きと共に人が倒れたのが分かった。
ロレッタは後ろを向いて、そこに倒れた男と自分の手元を見比べてから、自分がプロマイドの窃盗にあった事に気が付き、そしてそのブロマイドを盗んだ男が真後ろで倒れて伸びている事実から、犯人が捕まった事を理解した。
その刹那の時は一秒もあったのだろうか?
時の速度に思考速度が追いつかない。
つまり、ロレッタが不用意に魔法が込められている絵を凝視し、古代語を呟いたことにより、手に持ったブロマイドが魔道具のような物だと近くにいた者に伝わり、高価な物だから盗んでしまえとスリに合い、でもそれを見ていたシリル様が窃盗犯の足下に雷を放ち感電させ気絶させたという事だろうか?
合ってる?
音もなく影が三人出てきて、窃盗犯を速やかに連れて行った。
一瞬雷が落ちたように響いた広場は、空を見上げている人がチラホラいる。
夕立か?
撤収するか?
とか近くの人と話している。
しかし、ロレッタ達の隣のテーブルにいた人達はそういう訳にはいかない。
彼らは目を見開いて、恐ろしい速さで盗み、魔術、逮捕、回収が行われた状況を目の当たりにし、呆然としている。
ぽかーんと口を開けたままロレッタと男が倒れていた所を交互に見ている。
いや……もちろんロレッタにもその気持ちは分かります。
分かりすぎる程分かる。
実は、ロレッタ自身も何が起きたのやら?
えっと?? という気持ちなのだ。
倒れた男の回収時、窃盗犯の手に持たれていた姿絵を影が抜き取りシリル様に返す。
(私じゃなくてシリル様に返すですね!)
魔法師様か?
そう言えば、少し変わった色の髪をしている。
フード付きのローブを羽織っているな?
少し広場がざわざわし始めるけれど、そんな気配を気に留める事も無く、シリル様が目の前でニコニコ笑って、姿絵をロレッタに渡してくれる。
「もう直ぐ雨が降るらしいから、串焼きを食べよ?」
そう言って、ロレッタに一本渡す。
私達、買うだけ買って全然食べていないことに気が付いた。
取り合えず、窃盗犯の事は宿に帰ってから詳しく聞くことにして、今は目の前の屋台御飯に集中する。『肉決定戦』をしなければならないのだから。
でもさ。
シリル様は魔道具で少しくすんだ金髪にしているし。
ルーシュ様は赤錆色に抑えている。
ロレッタの髪だけフードで隠していた事や、ロレッタが盗まれた張本人だという事や、ロレッタの真後ろに男が倒れたという事が、全部が全部ロレッタの近辺で起きたことにより、広場の人の目はロレッタに集中していた。
なんで、髪の色を変えなかったんだろう?
なんであからさまにフードを選択した?
街の人々が何か呟きながら、胸の前で手を組み、ロレッタに向かって祈るようなポーズをしていた。
(ちょっと待って、私、祈られてる)
呟いている言葉に集中して聞くと、「神様、王様、魔導師様、街に平和をもたらしてくれた事への感謝を」と言っていた。
祈らなくて良いしっ。
ロレッタは聖女なので祈る方だしっ。
痛い空気の中、串焼きの肉を頬張る。
冷めてるょ!!!!
お肉堅いょ!!!
これじゃあ、肉決定戦が出来ないよっ。
夕暮れの広場の中で、女神像と化したロレッタは、下を向きながら串焼きのお肉と格闘し涙目になる。
雷の魔術師はシリル様なのに!?
もちろん雨は降ることなく、
空には早い一番星が出始めていた。








