第二話 街の喧噪。
ロレッタ視点です
公爵領の宿場街は、宿屋も多く、街道を行き来してる商人や、旅の者、街の者、そして商人ギルド、冒険者ギルドなどもあり、とても賑わっていた。串焼き屋などの庶民向けの屋台は夕方から街の中央広場に出始めて、日中の仕事を終えた男達が酒と飯とで賑わっている。
シトリー領の寂れた雰囲気とも、王都の澄ました雰囲気とも違う、活気があってロレッタには新鮮だった。
三人とも宿屋で魔法省の制服を脱ぎ、庶民に変装していた。といってもロレッタは町娘みたいなティアンドールを着て、ルーシュ様もシリル様も裕福な商人という格好。三人とも眼鏡をかけたらむしろ目立ってしまい、学者一行のようになってしまったから、止めておこうと言って取る。今度から私達三人は学者に扮した方が良いではないかという結論に至る。髪はルーシュ様が赤銅色でシリル様はくすんだ金髪。先程までのクロマルバーションの異質な黒髪よりも自然に街に溶け込んでいる。ロレッタはそのままだとやや目立つのでフードを被る。完璧ではないけどそれなりに自然体という変装をして、屋台にやって来たのだ。
良い匂い。
匂い……。
これは匂いにやられるやつ。
香ばしくって、煙から香辛料の弾けた匂いが伝わって……。
どうしよう? 全部欲しい。 三人で食べられるかな?
ロレッタはお財布に頂いたばかりの給金を全部詰め込んで来た。
小銭も多くあるから、屋台での買い物もバッチリだ。
匂い順で決めようか?
「ルーシュ様、シリル様、私、片っ端から気になるものを買ってきますね! お二人はあの中央のテーブルで待っていてください」
「「却下」」
二人とも声を揃えてロレッタの意見を退けた。
「一人一人歩くのは危険な気がする。三人で一緒に屋台に行き購入して次の屋台に行こう」
シリル様がそんな事を言ったが、いやいやいや危なくないでしょ? 子供だってその辺を走ってますけども?
「賛成だ。それで行こう」
「…………」
ルーシュ様がシリル様の意見に賛同した為、自動的にそういう事になった。
………。
御主人様と王太子殿下自ら屋台で買い物……。
侍女のロレッタをこういう時に使い倒してくれれば良いのにと思わなくもないが、何か一日中ずっと一緒に馬車に乗っていて、夜御飯もこうして一緒に選んでいると、なんだか三人でいるのが自然過ぎて、三人で御飯も選ぼうか? という気持ちになってしまう。
不思議だな……。
恐れ多くもこの国の王太子殿下と貴族の頂点に立つ筆頭侯爵家の御令息なのに。三人でいても緊張もしないし、圧も受けないし、ロレッタは自然なままでいられる。
どうしてなんだろう?
あんなに……。
あんなに元第二王子殿下といた時は息が詰まったのに。
苦しくて、苦しくて、息の仕方が分からなくて、耳から入る言葉が鋭利で、ロレッタの心から血が少しずつ零れ落ちていた気がする。
ロレッタの左右に立つ、ルーシュ様とシリル様を見上げる。
この二人がロレッタを決して責めないから。
アレしろコレしろお前は駄目な奴だ。機転が利かない魔力しか持たぬ愚か者。
婚約破棄された時。元第二王子殿下がロレッタを塵を見るような目で見た。
穢いモノ。邪魔なモノ。早く視界から消えて欲しいモノ。
そんな、見下げる目。
あの目を見た瞬間、視界が霞んだのを覚えている。
立っているのが精一杯。
指先が震えて冷たかった。
「ロレッタ、あの屋台の串焼きが美味しそうだよ? 一緒に買いに行こう」
そう言いながら、シリル様に顔を覗き込まれた時、ロレッタはふと自分の視界が霞んだのが分かった。
慌てて袖で目尻を拭う。
この人は――
いつでも、優しそうな目で、ロレッタの事を覗き込む。
瞳の奥に優しい、がいっぱい。
一度も、只の一度も冷たい感情を向けられた事がない。
いつも優しい。
いつだって優しい。
ロレッタが真っ黒い血に汚染された時も、この人はいの一番に抱いてくれた。
汚染された人間を抱くなんて。
それは親が示してくれるものと同種のものなのではないだろうか?
他人はそんな事はしない。
汚染された人間を抱くなんて。
汚染された人間を抱くなんて。
屋台に夕日が当たる。
西の空が晴れているから。
明日もきっと晴れるだろう。
美味しそうな匂いが辺りに充満する。
温かい煙が空に昇っていく。
オレンジ色の夕日と。
広場の匂いに包まれて。
それだけで胸の奥がいっぱい。








