三章①終話 時の中の代償。
投稿が不定期になってしまっても、いつもいつも温かく見守ってくれてありがとう。その優しさが執筆の原動力になっております。
〈水の魔術師視点〉
水の魔導師であり、魔法省次官であり、セイヤーズ家現当主であるローランド・セイヤーズは白昼夢を見た気がして、瞳を瞬く。
あれからずっと、ノイズのような悲鳴が断続的に響く。
あの日、裁きの庭で時空の魔術を目の当たりにした時からだ。
時空間魔術というのは、滅多にお目にかかる事がない。そもそも使える者がいないのだ。ローランドが見たのは実に人生で三回だ。二回目と三回目はこの前裁きの庭で、カルヴァドス二期第九聖女の中に仕込まれた時間後退の魔術。そしてクロマルというブラックスライムが使った、時空間制御魔法。
あれは見事な魔術だった。
クロマルと呼ばれた豆みたいなブラックスライムの魔力が大規模に発動した。
一流の時空の魔術師とその使い魔の高等魔術。
時への干渉は大きな魔力と緻密な魔法陣が必要になる。
時空の魔術師というのは使い魔がその魔力を補った時、最大限の力を発揮する。
それを――
全ての人が知らなさ過ぎるから、あんな事故が起こったのだ。十九年前、当時の王太子妃殿下、つまりは今の王妃陛下が第一子を身籠もった事によって始まった、別空間への干渉計画。
それを担当させられたのは、当時まだ学生だった闇魔導師の血統継承を受け継ぐ時空の魔術師。
彼は大人しい学生で、目立つ事が嫌いなタイプだった。同じ血統継承の保持者として弟のユリシーズと仲が良くて、良く一緒に話していたのを覚えている。
自分と同じ立場の人間ならば、自分の苦悩を少しでも理解出来ると思って、仲良くしていたのか、ただ単に気が合ったから仲良くしていたかは分からないが、ローランドとは挨拶程度しかしたことがなかったから、やはり氷の魔術師であるユリシーズに何か特別なものを感じていたのかも知れない。
六侯爵家の中では、序列一位のエース家、序列二位のセイヤーズ家は意外に風通しの良い二家なのだが、序列五位の闇の魔術師エルズバーグ家は風通しなど全く良くないというか、全然知らないというか、領地が遠く、さらに一族主義、秘密主義、そして婚姻を結んだ事がない。これは六侯爵家の中ではエース家とエルズバーグ家だけになる。エース家は仲が悪いというか犬猿の仲というか、火と水なので当たり前といえば当たり前なのだが、そうは言っても、自分が魔法省次官で、エース侯爵当主が長官な訳だから、付き合いは長い。むしろ密とも言えるくらいだ。息子も自分の部下だし、姪などはそこで侍女をしているくらいだし。更に弟はこの前泊まっていたという……。
付き合いは……多いじゃないか?
エルズバーグ家は、次期当主候補だった弟の友人と………。
…………。
「兄上、今、彼の事を考えていたでしょ」
「…………」
いつの間にか、執務室にやって来ていた弟のユリシーズが机に腰を掛けながらローランドを覗き込む。
手にはお茶菓子が持たれていて、差し入れを持って来たらしい。シトリー家の当主は、セイヤーズ家のタウンハウスで、居心地が良さそうに、自由気ままに過ごしている。まあ、使用人も殆ど顔見知りな訳だし、うっかりすると坊ちゃんとかも言われたりする。
セイヤーズ家のタウンハウスはセイヤーズ家前当主の息子であるユリシーズにとっては自分の家だった場所だ。馴染みは深い。
彼はシトリー伯爵になって爵位をついでも、自分の事をセイヤーズ家の次男だと思っている節がある。それは多分、ユリシーズにとっては譲れない大切な部分で、そうある必要があるのだろう。別にそれでも構わない。そういうタイプなのだろうから。
セイヤーズ家は一族の結束が強い。そういう風に育てられたし、自分の子もそういう風に育てた。代々受け継がれている家風のようなものだ。この家の血を受け継いだ事を誇りに思え。この地を愛し守り抜け。魔法士である自分に自信を持て。
エルズバーグ家はどんな教えがあるのだろうな?
彼の家も、建国から続く王の盾、富も名声も受け継いでいる。建国王の賢者が連れていたのがブラックスライムだったか……。
どの魔物と契約を結ぶかは、魔法師によるのだろうが、ブラックスライムというのも伝統なのかも知れないな。
エース家の若造が保護した子供は、時空の魔導師……。
名はアリスター……。
エース家が正式に養子にするのならアリスター・エースになるが、エルズバーグ家がそれを黙ってみているとは思えない。
「兄上、あの子を絶対エルズバーグ家に渡さないでね。守ってね……」
「………そのつもりだ」
「そうだよね? あの子は間違いなくアシュリの血が入っている。闇の血統継承の子」
「……そうなるな……」
「それにあの魔力量」
「ああ、分かっている」
「……王領の孤児院で保護。しかも院長は兄上の懇意。想定通り。いずれ魔力が顕現した時に、セイヤーズに守ってもらう為に。エルズバーグに渡さない為に」
「………微調整はしたがな」
「院長が兄上に相談する所まで読み通り」
「部下に行かせたがな」
「部下は部下でも姪であるロレッタに行かせたじゃないか。聖女だから行かせたんだろ。ポーションとか聖魔法とか差し入れしたかったんだろ。大丈夫。ロレッタがアリスターの教育係になったと言っていたし、セイヤーズだけじゃなくエース家も守ってくれる。兄上の読み通りじゃないか? 闇の侯爵家が六侯爵家筆頭エース家に逆らう訳ないからね」
「ロレッタの命を助ける為に、魔力が公になったんだ。借りは必ず返す。エルズバーグ家じゃない。アリスターにだ。彼が幸せになれるよう助力する」
「アシュリは?」
「アシュリはシトリー領にいるんだろ?」
「………たぶんね? なんでシトリー領なのかは、ちょっと読めないんだよね」
「……確かに」
「当時エルズバーグ家は、お金と権威欲しさに血統継承を持った魔術師を王家に売ったんだ。時を止める事なんてまだ出来ないのに、無理矢理やらせて、時空間から戻れなくなった」
「ああ」
あの白昼夢はアシュリの叫び声だったのか。声を出すことも許されなかった。助けてとも言えなかったアシュリの声。
「お前に何か話があったんじゃないのか?」
「そうかも知れないね」
「親友だったからな」
「そうだよ。親友だった。あの日あの時まで僕らは同じ学び舎で学ぶ学生だった。でも、ある日彼は学園に来なくなって、そしてあの後、時空ロストが起きたんだ」
「そうだったな」
「そうだよ。二度と会えなくなった」
「いつ行くんだ」
「そろそろ行くよ。ロレッタ達が着いて、面倒事の第一波が片づいてからね」
「子供達をこき使うな?」
「だって頼れる子だからね」
「いい子に育ったな」
「兄上の姪だよ? 自慢の子だよ」
それを言う時は、自分の子と言うんだぞ。
「アリスターも連れて行くのか?」
「いや、多分小さいのがくっついているから大丈夫だと思う」
「くっついているんだな」
「……どこかにね」
「アシュリに宜しく伝えておいてくれ」
「宜しくって、兄上からなんか言うことあるの?」
「あるさ」
「何?」
「君の息子がいたから、姪が助かった。良い子だなと伝えるんだ」
「それはいいね」
「良いだろ」
「アシュリがいたからアリスターがいる。時の牢獄に捕らわれてはいない。君は抜け出したんだと。そう伝えるという事だよね」
「そうなるな。親友の兄からの伝言」
「アシュリは十年前に時空から出口を探し当てた」
「そう十年前だ。それは間違いようがない」
「そうだね。十九年ぶりの再会になるよ? 彼はあの頃は高等部二年だった」
「ユリシーズもな。成人したからシャンパンでも持って行くか?」
「洒落てるね」
「歓迎しないと」
「そうだね」
ユリシーズは軽く口元に笑みを履く。
「行って来るよ」
「ああ」
そういって、二人は腕を打ち合わせていつもの挨拶を交わす。
無事で行って来いよという言葉に代えて。
十九年前の事件に一つのけりを付ける為に――
優先させた命の代償の為に――
初めて世の中にこの作品が出たのは去年のクリスマスでした。
その頃は短編でした。短編を長編に換え、一章、二章と書き続けて参りましたが、一章を終え、二章を始める段に覚悟をしたものは、長くなりそうだな……という覚悟です。最近のなろう作品は1巻完結が主流だと思われますが、この三人の物語に終止符を打つのは少し先になりそうです。つまり――
三章はナンバリングを付けて続くという――読んで頂いている読者様、作者と一緒に覚悟を決めて、一緒に三人の物語を読み進めて頂ければ望外の思いという……。
一時的に執筆が止まったりする事はあるかも知れませんが、物語の途中で筆をおいたり……という事はありません。ノンストップ(隔日になるかもですが…)で三章②に続く予定でおります。途中で六大侯爵家の設定を挟んだりはするかも知れませんが……。
いつも感想を書いてくれる皆様、誤字脱字報告をしてくれる皆様、ブクマ&評価をしてくれて皆様、皆様がいるから作品が続いて行けるのです。いつもいつもこの物語を一緒に支えてくれてありがとう。少しずつしか紡げませんが、三章まで一緒に進んで来られたこと、感謝しております。ロレッタ&ルーシュ&シリルの物語に終止符を打て、一部完。とするのが当面の目標です。頭の中では五部まであるのですが、流石にそれは( ̄∇ ̄)ノ頭の中だけに留めておこうと思いますw








