第五十二話 シトリー伯爵領へⅢ
クロマルバーションのシリル様を目の前にして、どこから突っ込んで良いか分からないロレッタは、少し間を開けてから、
「………とってもお似合いです」
という素直な感想を伝えた。
熟考した割に短めという。
あまり格好良さを強調すると、今日から延々クロマルバーションになりそうで怖い。
似合っているは、似合っている。
それは間違いないと思うのだが………。
あの銀色の華奢な腕輪は猫の首輪……をイメージした訳じゃないよね?
クロマルは猫じゃないし、ブラックスライムだし、首輪をしていないし。
聞いてみたいような、聞いてはいけないような、聞いたら速攻で後悔するような案件だ。
そっとしておく??
それが無難??
でも、好奇心が……むくむくと………。
「……あの、シリル様。ちょっとお伺いしたいのですが……」
「どうしたの?」
満面の笑みで返してくれる。
これ以上無いくらいニコニコしていらっしゃる。
クロマルバーションは自分でもとても気に入っていらっしゃる?
「そのそのその……ですね………腕輪を沢山着けていらっしゃるじゃないですか?」
「うん?」
「それはどういったアイテムなのでしょうか? もちろん素敵でお似合いだと思いますよ? でもいつもはしていなのに、今回だけ……というのが気になりまして……」
「これはね? 猫ってさ、く――」
「ちょっと待って下さい。良いです。言わなくて良いです。聞いておいて申し訳ありません。でも良いです、それ以上は。そこより先は………。それより新作のポーションなんですけど」
もの凄く強引に話を替えると、シリル様はきょとんとしておいでだ。
今、首輪と言いかけた気がする。確実じゃないけど、そんな気がする。
聞かない事にしよう。うん。もう答えは出たのも同じ。ならば明確な言葉までは聞かない方が身のためだ。
それよりも、アリス商会で出す予定の『蛍』と命名したポーションの説明に移った方が良い。こんなに移動時間があるのだ、今話さずにいつ話すというくらい絶好の説明機会。
「裁きの庭で私が飲んだポーションなのですが………」
「弟達から聞いている。試行錯誤の上、成功させたそうだね。おめでとう。ロレッタだから出来たんだよ? そんな難しいポーション、一朝一夕に出来る訳がない。毎日毎日、光魔法に触れ、一歩一歩努力してきたから今がある。学生時代のロレッタを抜きにして成功は有り得ない。過去のロレッタの日々の研究があるから、そのポーションが存在出来たんだ。魔法執行も魔法理論も何もしないで出来る訳じゃない。膨大な光魔法への裏付けがなければ成されない。そのポーションの名はもう決めている『聖女ロレッタ』だ」
「……………」
……え……。
聖女ロレッタ?
売れなさそう……な気が……。
「……いえ、シリル様。私が開発したといえば、そうなりますが、もう少し心に訴える、手に取りたくなるような名が希望なのです。私は私の名前を使われると若干恥ずかしいというか……照れるというか……」
「大丈夫。恥ずかしくなんてないし、照れは慣れる。このポーションは歴史に残る大発見なんだよ? 十年後、百年後未来の人間がどれだけロレッタに感謝する事か。ロレッタの名を未来永劫残したい。それにはこのポーションを開発者の名にするのが一番。『ロレッタ』というポーションを使う度に思うんだ。人類は細菌に打ち勝った。それはこのロレッタという聖女がいたからだ。彼女に感謝の祈りを。となる訳だ」
「…………」
祈りって………。
どうしよう?
直ぐに譲ってくれるかと思ったのに、意外に強弁というか、絶対に譲らないという意志すら感じる。
「では、第三王子殿下と第四王子殿下の名から、カティスメレディスでどうですか?」
「……ロレッタ、僕の話を聞いていた? 開発者の偉大な名を入れたいんだよ? 彼らがやった事は徹頭徹尾助手だよ。理論構築をして、完成まで導いたのはロレッタ以外に有り得ない。そうでなければ、君が時空の止まった空間で過ごした、二百三十七日の努力は何処に行ってしまうの? 君は君の努力を過小評価するの? 努力は残すべきだよ。そうでなければ、全身を黒い血に感染しながら、ポーション開発という難事を乗り切った君が可哀想だ。僕は絶対に譲らない。君が譲っても決して譲らない」
「……………」
金色の瞳。雷の魔術師の色。
ロレッタは次の言葉が継げなくなってしまったのだ。








