第五十一話 シトリー伯爵領へⅡ
「ポーション飲み会は終わった?」
ロレッタの様子を窺い、シリル様が笑顔で聞いてくる。
笑顔が……眩しい……。
黒髪で、その髪がいつもより無造作で自然な感じ。
手首には銀色の細い細工の腕輪が何連にも重なって付けられていて、手を動かす度にしゃらしゃらと聞き心地のよい音が響く。
素敵だな……。一瞬見とれてしまう。
土魔導師というのは別名を黒の魔術師と言い、瞳の虹彩の色が純黒をしている。
瞳の黒い人も、よく見ると濃い茶色をしているもので、数パーセントの民と黒の魔術師が黒曜石のような黒い虹彩をしているのだ。
シリル様の瞳は金色のまま。
土魔導師とは違うのだが、多分土魔導師に間違えられる可能性が高い。
黒髪に金眼。オリエンタルで不思議と目が離せない。
ポーション飲み会……。
飲み会というか……ロレッタが一人で飲み干してるという感じで、二人は酔い止めのポーションしか飲んでいない……。一本ずつなので、ルーシュ様とシリル様は早々に飲み終わってしまっている。
今回の馬車内はロレッタが一人で進行方向の逆に座っていて、二人が進行方向。
隣には誰もいない。というのも、もしかしたら横になるかも?
と配慮されての配置だったりする。
クッションもあるし、本当に寝てしまいそう。
馬車って凄く揺れて、もうなんていうか……この中に一日中……となると、ちょっとこれはもう寝て……というような……。
「ロレッタが贈ってくれた髪飾りを付けてみたよ? 色々な色を試してみたんだが、今日は『クロマルバージョン』なんだよ?」
「え!?」
クロマルバーション!? え???
ロレッタはオリエンタルで異国情緒たっぷりと思っていた気持ちが吹き飛んだ。
え?
何?
ドウユウコト?
南国でも東国でもなく、猫をイメージしてアレンジをした?
いやブラックスライムをイメージしたと言うのだろうか?
クロマルは確かに黒い体をしていて。でも透けてる………。
金色の目をしている。しかし翠が滲んでいる…………。
クロマルをイメージして髪飾りを三連×三プラス一個も着けてしまったと……。
想像もしていなかった発想にロレッタは脱帽……ではなく呆然としていた。
どこの世界にブラックスライムをイメージして、変装する王太子がいるのだろう?
せめて人であるべきではないだろうか?
そもそも黒髪金眼の魔法士はいないのだし……。
あんまりと言えばあんまりの事に、二の句が継げずにいるロレッタに、シリル様が畳みかける。
「ロレッタはクロマルを大変贔屓しているようだし、あの姿形が好みなのかと思って………」
「……………」
………いや。クロマルが好きなのは当たっている。
が、クロマルの色が好みというのとは少し違うような………。
勿論クロマルの体の色や目の色も好きなのだが、別に白くても青くても、赤くてもクロマルはクロマルで大好きだと思う………。
髪の色や瞳の色で好きの度合いは変わらない。
それはそうだろう。
ロレッタに対して、君は小さくて痩せているから嫌いと宣ったのは、まだ記憶に新しい元第二王子殿下だが、ちょっと良い思い出にはなりそうもない。
でも……。クロマルを意識して十個も髪飾りを着けて来たシリル様に、別に黒でも赤でも黄色でも気にしませんというのも違う気がするし………。
「…………あの、色々なバージョンを試したのですか?」
「そうだよ? 一個着け、二個着け、三個着け、四個着け――………全て試してみた。なかなか楽しかった。一番オーソドックスなのは、青味のリングを着けて、髪を翠にし、目も翠に変えて風魔導師になるのが、魔導師の変装として自然だった」
それだよっ。
今、遣るべき変装はそれ!
間違いない。
凄く自然な風魔導師の官吏。
どうしてそれで来なかった??
なんでクロマルにしちゃった??
行き着く思考回路があまりにも不自然だよ??
ロレッタは心の中で盛大に突っ込むのだった。








