第五十話 シトリー伯爵領へ
ロレッタはシトリー領行きの馬車の中で、ごくごくごくごくポーションを呷っていた。体力と魔力の回復ポーション。ポーションを呷ってはアリスターが持たせてくれた焼き菓子を食べて、再度ポーションを呷る。お茶並にポーションをごくごく飲んでいる。
アリスターお手製の焼き菓子が美味しい。
あの子は、飲み込みが早いなと思う。
エース家は孤児院とは違いバターもバニラも使いたい限り使えるし……。
材料は偉大だと思う。楽しさの後押しをしてくれる。
空き瓶が七本、馬車内の簡易テーブルに置かれていた。転がらないよう、一本ずつ収納出来る木のケースに入っている。殺菌消毒したら再使用する仕様。ポーションの瓶は意外な事にリユース。
本来は狭い馬車の中にテーブルなど無いのだが、取り急ぎ華奢な折りたたみ式の極小テーブルを入れて貰ったのだ。場所を取る物なのだが、内職というか移動時間を有効利用する為にはこうするより仕方がない。三人でがっつり商会案件を詰めなければ……。
王太子殿下が一緒に乗っているとは思えない狭さだ。本当は六人乗りの大型馬車で行きたかったのだが、途中街道が狭くなる為、危ないという事で、四人乗りにひしめき合いながら座っている。
そのままエース領に行くというコースの為、エース家のお忍び用の馬車。きっと普段はルーシュ様が一人で使っているのだろうサイズ感……。
乗合馬車……という案もロレッタが出したが、ルーシュ様と王太子殿下であるシリル様に力一杯却下された。そうなる? 結構身軽で良さそうだが……。問題はシトリー領主館付近は通らないので途中から徒歩という。乗合馬車は都市から都市への移動がメインだし。
メンバーはルーシュ様とシリル様とロレッタの三人。アリスターを連れて行くか行かないかで迷い、ルーシュ様は妹とロレッタの弟に会わせたいから連れて行くつもりでいたようだが、シリル様が反対した。
魔法省の正式な仕事だから、何が起こるか分からないし? とか言い出したのだ。
シトリー領でいったい何が起こるというのだろう……。
……いやないでしょ? シトリー領だよ?
あの何も無いという所しか売りがない領で?
人口が多い、雑多な都市なら兎も角。
シトリー家のカントリーハウスがある場所は城でもなんでもなく荒れ地。
見知らぬ人が歩いているという、イメージがない。
破棄された農地とかそういうものが広がってたり。
そもそも人があまりいないというレベル帯の話。
ロレッタは第五聖女であるフレデリカに治癒魔法を掛けた後、一昼夜寝続けた。
起きた直後にポーションをガブ飲み。勿論お手軽な自作ポーションなのだけど。
気合いを入れて作ったものではなく、シリル様に贈るポーションを作る前に派生した、実験残骸のような代物。残骸が殊の外沢山生産されたよね……。
シリル様には、以前裁きの庭で倒れた後、王妃陛下お手製の貴重なポーションを貰ってしまった為、ロレッタの特製ポーションを贈ったのだ。特製といっても王妃陛下製作の物と比ぶべくもないが、今、自分が出来る最大限の特級(自称)ポーションだ。事実上はF級ライセンスを持ったロレッタが作ったF級ポーションなのだが。そこはもう、そういう物と割り切るしかない。
ついでに大切な人には洩れなく一瓶ずつ配った。
アリスターや父や伯父様そしてルーシュ様にも。
ルーシュ様にはお手製の魔道具である瞳の色を変える眼鏡とセットで贈った。
変装用の地味なフレームの眼鏡なのだが、掛けるとヘーゼル色の瞳になる。
かなり色の微調整をしていて、黄色をメインに少しだけ青も入れた。
黄色だけだと橙になるのだが、少し落ち着いた色にする為に寒色を気持ち入れた事により自然な感じのヘーゼル。やや黄色み掛かった明るい茶色。
なかなかの力作だが、その眼鏡は掛けられる事はなく、制服の胸ポケットに仕舞われている。
きっとここぞという時に掛けてくれる……?
セットでヘーゼル色の髪色になるリングも一つ送った。同色カラー。
……きっとこちらもどこかにしまってある……?
今は三人とも魔法省の制服を着ている訳で、魔法士だと名乗ってるようなもの。
そういう時に髪色や目の色を変える必要はない。ままで良いよね。
ロレッタだってそのままだ。制服はあの孤児院に行った時に揃えた赤銅色の六課所属のもの。
しかし――
目の前にいる御仁が…………。
髪色が真っ黒………。
というのも……ロレッタが贈った
『髪色を変える髪飾り十点セット。金髪から黒髪まで色とりどり思いのまま』
というコンセプトで箱に詰めたプレゼント。
その十個全使い。
十個全部って………。
凄くない?
全部。
一束に三個くらい付いている。
三連だ。
アレってああいう風に使うものだっけ?
そうだっけ?
色も混ざるだけ混じり合い黒だ。凄い深い黒。
多色が混じり合った末に出来る深みのある黒だ。
なんであんなに付けた?
ちなみに眼鏡は掛けていない。
黒髪に金眼だ。誰? という感じ? ホント誰?
土の魔術師にしか見えない。
これは土の魔術師と炎の魔術師と水の魔術師三人組という事になる。
ロレッタも制服を着ている訳は、魔法省準官吏扱いなのだそうだ。
忙しい時だけ特別に入るアルバイトのようなものらしい。
というのも、孤児院寄付金横領事件の件で報奨的なものを出すべきだという話にロレッタのいない所でなったらしく、あーでもないこーでもないと揉めて、暫定的にこうなった。
ロレッタはエース家から給料を貰っている身なのだが、魔法省のお仕事に赴く場合は侍女ではなく、公のアルバイト扱い。とても嬉しい。給金が二カ所から別に入るのだ。
有り難いな……としみじみ思う。
有り難いといえば、フレデリカの公爵家からも、お礼という形で少なくない金銭が届いた。
直接だったら辞退出来たのだが、エース家を挟んでのお礼だった為、受け取るしかなく、ルーシュ様は在るところからは受け取って置けと言うし……。お父様は感謝の値段なので、返すのは失礼だと言うし、そうこうしている内に、受け取るという結果に。
これは商会への出資とポーション開発に使おうと思う。
そうすれば、きっと感謝に応えられる使い方になる。
フレデリカのお父様だって、そういう風に使われる事を望んでいるのだろう。
いつか、商会で複写ポーションも開発するのだ。
きっと出来る。ロレッタは『蛍』の開発のその先に、ある気がしてならないのだ。
すこし糸口が掠っているような掠っていないような。そんな感じがする。
そんな決意を胸に、窓の外に目をやると、黒髪金眼、赤銅色の第六課制服を着たシリル様に話しかけられる。
「ポーション飲み会は終わった?」
そんな風に声を掛けられた。
シリル様の出で立ちが異様で、異国人みたいなんですけど。
髪飾りに合った模様の、耳飾りや腕輪なども付けていて、本当に誰? という感じ。
腕を動かすとしゃらしゃらと音がする。
それがまた、南国の民のような雰囲気を醸し出して。
黒髪というのもなかなかミステリアスだな……なんて。感慨深い。








