第四十二話 たとえどんな姿でも尊い。
エース家の離れ。離れと言っても、こぢんまりしているという表現とは程遠い立派な造りの離れなのだが……。その離れの西側に位置するテラス席で、アリスターとロレッタはお茶をしていた。
テーブルの上にはお茶とバスケット。バスケットの中には王宮勤めの一流菓子職人の作ったお菓子がぎゅうぎゅうに詰められている。
先程まで、突っ立ったまま呆然としていたアリスターだったが、我に返ってからの切り替えが凄かった。
流石クロマルだね! 匂いだけで一流と分かるなんて。勿論エース家のパティシエも一流だけど、別人の一流だし。一流を楽しむ事は大切な事。何が大切か良く分かっているんだね。機会を逃すなんて事しないのがクロマルだもんね。良い子良い子。
そんな言葉を連呼しながら、クロマルを褒め続けた。
凄い……。
クロマルの為ならば、主張が百八十度変わる事など厭わない。
何をしてもクロマルは素晴らしいっ!
例え、ロレッタの作ったしょぼい罠に掛かったとしても……。
なんともうっかりとしか思えないミスだとしても、それは賢さに早変わり。
変わり身っ。
変わり身見事という他ない。
ロレッタは、少し紅茶を飲みながら、クロマルを横目で見ていた。
可愛いな……。天秤が面倒事と王宮の焼き菓子で焼き菓子に大きく傾いたんだろうな……。そこがまたたまらない魅力というか………。
お菓子という存在は、面倒事より上を行く素晴らしい存在なのだなとしみじみ思う。意外に菓子職人というのも最強かも知れない。少なくとも十代後半の女の子と、十代前半の男の子とスライムを魅了する存在だ。合法的な魅了の魔術のようなものかな? そう思うとポーションクラスと同等だ。
あっさり捕まったクロマルは、今はアリスターの膝の上でカップケーキを食べている。あれは絶品だった。甘過ぎないからか、アイシングのトッピングが最強。生地と一体になる感覚が忘れられない。考えるだけで、じゅわーっとしてくるよね、お口の中が……。
ロレッタにとっては、クロマルがうっかりさんでも、賢いさんでも結果は同じなので、誰も不快にならない賢いさんの方に便乗しておく。
「クロマルは状況によって臨機応変に対応出来て凄いね。判断力が違うね!」
アリスターはロレッタの言葉にうんうんと頷く。
「そうなんですロレッタお姉様。クロマルはいつでも最善を選び取れる賢い子なのです。実際、捕まった所で酷い目に合うわけじゃない状況でしたからね。例えロレッタお姉様が持って来たものが面倒事であったとしても、クロマルには断るという選択肢がありますし、その選択を行使したら、捕まるとか拷問にあうなんて事もありません。姿を隠すより王宮のお菓子を頂く方が、ずっと有意義ですよね」
流石クロマル。と言いながらあのぽよんぽよんした頭を撫でている。
手触り良さそうだな…――。
そして断る選択肢をわざわざこのタイミングで言うとなると、君も相当賢いよ? 等と思ってしまう。
ロレッタは辛抱強くクロマルが食べ終わるのを見守っていたが、一向に食べ終わらないのと、食べ終わったら終わったで、相談する前に庭に遁走するのでは? という方面がむしろ心配になり、思い切って今日の朝の出来事を全てクロマルとアリスターに話した。
結構丁寧に端折らずに喋れたと思う。その上で、自分の中で上がった疑問というか成功した時との差異などを伝える。
全部話し終わってから、紅茶を一気に流し込む。そして空になったバスケットをみながら、第三王子殿下と第四王子殿下に明日もカップケーキを持ってきてくれるようにお願いしようと心に決める。
ええ。もちろんクロマルの分ですっ。
ロレッタの話を聞き終えたクロマルはと言うと、オニャ、オニャオニャ、ニャナとアリスターに猫語で話し掛けている。
いやいやいや。
クロマル君、人間の言葉を喋れるのに、またまた。
そんな一生懸命猫の振りしなくても。
もうバレてますよ?
ロレッタは心の中で突っ込みながら、余裕を持って待っていた。
「ロレッタお姉様、クロマルが言うには……」
「うん、うん」
「オニャだそうです」
「え?」
「?」
「アリスターは猫語分かるんだよね?」
「分かる訳ないじゃないですか? 僕人間ですよ?」
「え?」
ロレッタは首を傾げる。
「……でも使い魔と主だし」
「使い魔と主ですけど。ロレッタお姉様、光の魔術師ですけど植物の声とか聞こえるんですか?」
「…………」
それは、何というか………。
もっとお水頂戴!
雑草も抜いてね。
とか植物が言い出したらちょっとファンシーじゃない?
そういうレベルの話だった?








