【016】『聖女の等級』
「今期の聖女はワンツーが抜きん出ている。そういう噂、聞いたことがあるよね? 誰が言い出したんだろうね?」
もちろん、俺もその噂は知っている。ワンツーが断トツ。特に違和感はない噂だ。第二聖女の水魔法を目の当たりにしているからな、第一聖女は相当凄いのだろうくらいには思ったが。第二聖女のアレは構築の速さと無詠唱で紡ぐ正確さにある。顔を洗うという行為、普通は室内で水魔法は使わない。床が濡れるからな。量に要注意だし、誤ればびしょ濡れ。彼女はごく少量、さらっとハンカチで拭う感覚で出した。力加減が絶妙だった。
「僕はね、第二聖女の卒業研究の論文を熟読しているんだ。全文写した。貸し出し用、保存用、閲覧用と三部持っている」
「正気か?」
「もちろん正気だとも。三回も写せば内容は完全に理解した。自分の魔術に応用させて貰っている。もちろん聖魔法だからそのままは使えない。でも概念は使える。構築速度のタイムトライアルに挑戦しているよ」
俺もしたい。負けられない。タイムトライアルわくわくするな。帰りに学園に寄って俺も写そう。
「ちなみに貸し出し用は、今持っているのか?」
王子は肩を竦める。
「弟に貸し出し中だ」
「どの弟だ」
「それは言わずもがな……」
「言わずもがなか……」
留年組か。兄らしい事もしてるじゃないか。
「第二王子には貸さないのか」
「……第二王子に貸してどうする? 魔導師ではないぞ」
「第二聖女を知ることは出来るだろう?」
「第二王子は努力が苦手だ」
「……第二王子の取り柄はなんだ?」
「身分だ」
それだけなのか? 確かに身分は高いが。
しかし、王太子侮れん。研究論文に目を通していたのか。確かに第二聖女の魔術展開を見ると興味が湧く。聖女フェチも役に立つんだな。
「もちろん、第一聖女の研究論文にも目を通している」
「貸し出し用と保存用と閲覧用があるのか?」
「一冊もない。読むと頭が腐るから勧めない」
「………」
今の顔はなんだ? 苦虫を噛みつぶしたような顔をしたぞ。王太子とは思えない顔だった。
「全て既存の理論を書き直したものだ。研究になっていない。聖女科の沽券にかけて留年させた方が良かった。何故あれで単位が取れるんだ? という出来だった。賄賂でも払ったのだろう」
「……人払いに抜かりはないだろうな?」
「抜かりない、大丈夫だ。彼女が留年してくれたら、僕は結婚せずに済んだ。残念だ」
「本当に人払いは大丈夫なんだろうな」
「大丈夫じゃなかったら、大変だろう、今頃」
まあ、そうだが。お前の口から漏れる言葉が危うすぎて心配なんだよ。
「『真実の愛』事件か。そういう手もあったんだな」
「おい、悪手だからな?」
「分かっている。僕にはそんな発想もなかったよ」
「発想がないのが当たり前だからな」
「今年は第二聖女が妹になるのを楽しみにしていたのに」
「残念だな」
「ああ、残念すぎて立ち直れない」
「そこまでかっ」
「君が漁夫の利を攫っていってから、気持ちが沈んでね」
「お気の毒に」
「直ぐに第四王子との婚約を打診しようと思っていたら、あらぬ方向に舵が切られていた」
「職安な」
「聖女が職安に行くなんて思うか?!」
そこは王太子に賛同だ。聖女は決して職安に行くまい。どうしてそんな事を思い付いたのだろう。ロレッタ・シトリーはかなり突飛な子だと思う。








