第三十二話 コードネーム蛍
これで、蛍の名前を出してもポーションだとは分からない。仲間内での扱いも格段に気を遣わなくなる。
良し。気を取り直して小屋の薬草管理棚から、必要な材料を集めて行く。何故か当たり前のように学園の薬草棚の薬草を使う予定でいるが……これはどうなのだろう。大量製造に切り替わったら、私費で行うべきなのだろうか? いや、そもそも王立学園なのだがら、費用は税金と学費で賄っている訳で……、そうすると私が収めた学費の一部。それに自分で育てた薬草……。
でも厳密にはアウトな気がする……。ポーション開発は国の為、そして国民の為。国民から集めた税金が投資されている学園で作っても問題ないというのが感情論だが、しかし、言い分をいくら並べ立ててみても、当然ながら許可は必要になる。私卒業してるし。でも双子王子は王族な上にまだ学生。当面の間、彼らの研究材料という外面を付けておいた方が良いかな?
「カティス、メレディス。一応学園に研究許可を取って置いてね。こんな研究の為に、これくらいの薬草が必要ですみたいな奴。どうせ事務の方で予算を落とすのだろうから、詳しく専門的な事は濁しても、体裁は綺麗な書類という感じに仕上げて欲しいな」
「…………第二聖女のお姉様、大変人使いが荒いですよ? そして僕らは引き返せなくなりました」
「悪事じゃないよ? 引き返すって何??」
カティス、誤解を招く言い回しは止してね。王太子殿下も関わっているんだから、一発で予算案は通る筈。……そこまで考えてアリス商会に王太子殿下がいるのは大変大きな要になるのではと思った。もちろん要どころか彼が作る予定のものなのだが……。
商会長はやはりシリル様。副会長がルーシュ様。私はその下辺りに入れて頂いて、更に双子王子は自動確定で幹部。やはり、王家本流が持つ商業部分になりそうだ。そうであるからこそ、思い切った事が出来るし、王家の力の一部になる。
世の中にはお金が無い事によって、足下を掬われる事がある。金がないからしょうがない。金がないから諦める。お金がないからお金がないからお金がないから。お金を理由に人は色々なものを無意識に諦めているのだ。
そして庶民はお金がないからという理由で、聖女の治癒を諦めたり、ポーションを諦めたりする。それはお金の所為で命を諦めるという事だ。そんな事をしたくないというのは綺麗事で、実際は凄い数の人間が、そういう実例に直面している。
事実。お金がなければ、にっちもさっちもいかないのだ。ロレッタは大変な貧乏伯爵令嬢で、雑草茶を嗜んでいた。けれども、よくよく考えてみるに、母は公爵令嬢で父は侯爵令息だ。金がないない言った所で、結局の所、どうにかなっていたのではないだろうか?
きっと馬鹿高い学費は実は本家の伯父様が出していたのだろうし、きっと弟の学費どころか、王都での生活費も伯父様が出すのだろう。ロレッタ自身が聖女だから治癒はいつでも受けられる。当然ポーションもだ。ロレッタ自身が作るポーションはF級だがF級ライセンスの人間がF級のポーションしか作れないのはラベル上の問題で、もう少し高等ポーションも作れる。
なんせ双子は無ライセンスなのに、これからSS級も吃驚な新薬を作る訳だし。それはもちろん無印ポーションだが、F級ポーションとは呼べない内容だ。
服も食べ物も切り詰めて生活していたが、命は切り詰めていない。それはきっと身分の所為かな? 本家自体が没落していたら目も当てられないが、本家は没落所か権勢を誇っている……。命の節約をしていないのは、その所為かも知れない。
そもそもが貴族で家族全員魔導師なのだから。庶民で家族が全員魔導師等ということは、ほぼほぼ無いのだから。
もしかくしなくとも、自分は恵まれていて、伯父様の見えない手に守られていたのだろう。父が言っていたではないか、「僕は今も昔もこれからも金には困らない」と。不遜な物言いだと思ったけれど、父には伯父様の守り手がハッキリ見えていたのだろうと思う。
貧乏には種類がある。きっとステージがある。命の節約をしないですむ商品がアリス商会で作れるかも知れない。ここは頑張る価値のあるフィールドだ。
「ポーションの夜が明ける………」
小さな声でそう呟くと、双子王子が二人とも噎せて咳き込んだ。








