第三十話 ロレッタの暴走。
なんせ理論を説明するだけで、三日掛かるのだ。理論は取り合えず置いておいて、公式を丸暗記してポーションを生成してもらう。そして忘れないくらい何度も何度も繰り返すのだ。体と脳に焼き付ける反復作業。
公式を丸暗記というのは、どうしてその公式になるのか? まるで分かっていない状態での執行になる為、納得いかない部分は多少あるかもしれないが、そうは言っても原理を全て理解して魔法執行するというのも、実はあまり現実的ではない。というより、そんな事をしていては間に合わないという方が正解なのだが……。
魔法基礎と原理魔法を広く深く理解しているルーシュ様には全てを話すつもりでいる。それと言うのも理論を確立して人に話さなければ、その理論は消失する。ロレッタに明日何かが起こり、この世からいなくなってしまった場合、ポーション理論も一緒に消失してしまうのだ。別の人が、遅かれ早かれ確立するとは思うが、それは大変な時間のロスだ。そのロスしている間に人が何人亡くなるのかを考えれば、ロレッタがやる事は自ずと決まってくる。
出来るだけ人の中に、そして紙の上に残すのだ。紙の上に残す為には喋るより長い時間、一般的に六倍の時間が掛かると言われている。毎日それだけに掛かりっきりになっている訳にはいかないので、一ヶ月くらい掛かってしまう。長い……半分はシトリー領に行く馬車の中で纏めようか……。
しかしその前にせめて双子の王子に、理論は抜けていても製造方法は伝えなければ。物さえ作れれば、そして公式さえ暗記していれば、理論は後からでも何とでもなる。一応この国の光魔法の三番手と四番手の使い手だ。前期前々期の聖女に頼るのもありだが、ロレッタが後輩の立場になるので、物を教える立場にはない。その上、教会所属の聖女に製造法が伝わると、教会に権利を抜かれる可能性がある。不祥事を起こしたばかりの教会だが、誕生していないアリス商会より、規模も権威も比ぶべくもない。
今出来る最善を探して実行する。双子王子には申し訳ないが、これは感染症で苦しみ抜いた人類にとって、画期的な歴史を変えるポーションになるかもしれないのだ。何としても商業ステージに上げないと。そして教会ではなくアリス商会で扱う事によって、リーーズナブルに、安くするとは言えないが頑張れば買えるくらいのお値段に抑えたい。
あの、父が開発した冷気の箱。凍ったシャーベット。もしかしたらポーションの保存にも使えるかも知れない。いやきっと使える筈だ。このポーション専用の箱を作ってもらい、いつでも一定量保存しておく。薬草が採れない季節とかにも使える筈。
ロレッタは、心の奥底から言いようのない興奮と恐れが迫り上がって来るのが分かった。聖女とは当然病人と接する機会が多い訳で、そして助けられない命を何度も目の当たりにして来た経験を持つ。何でも治せる訳じゃないから。治せない遣る瀬なさが心に澱のように沈殿して行く。それは苦しみの堆積。
助ける事が出来ない立場もまた苦しいものなのだ。目の前に生きている命が有りながら、その命が消えて行くのを見守るしかない事。その現実を覆せる一片になれるかも知れない。
目に見えない菌に人類が勝つ時が来たのだ!
ロレッタは薬草の材料が書かれた紙切れを高々と掲げた。
「双子王子殿下! 貴方たちは歴史を変えるポーションの生成に関わったのです! 共にこの苦境を乗り越えて、実用化まで漕ぎ着けようではないですか!」
ロレッタは自分が昨日からの徹夜でナチュラルハイな感じの精神状態にあり、ちょっと暴走している事に気が付いていなかった。
双子の王子は完全に引いていた。
九月に入りましたね!
出来るだけ平日七時。土日祝十一時更新を目指して参りますが、
七時に間に合わない場合は十一時になります!








