第二十六話 使い魔はオニャッとしか鳴きません。
ロレッタは赤面してクネクネしているが、長そうだから放って置く。
アリスターはというと、一言も言葉を発さずに、俺たちの遣り取りを生温かい目で見ていた。
ああ。そうなる……?
俺が不用意だったのか?
まあ、反省とロレッタは置いておいて。
アリスターは料理好きの子だったのだな……。まあ、孤児院育ちだと、結構料理やら掃除やら洗濯やら、一通り家政を遣らされるのだろう。そうでなければ、あの大人数は回らないだろうし……。その中で、お菓子をどれくらい作っていたかは疑問だが、つまるところそれが一番好きだったと。ついでにクロマルもお菓子が好きだと……。
お腹がいっぱいになったのか、アリスターの膝の上でトローンと蕩けて形が崩れている。そろそろ眠たいのか? シンプルな生き物だな。
「クロマル」
「………」
返事をしないな。
「お前、喋れるんだろ」
「…………」
「このプリンもどうだ?」
「オニャ」
そこは返事をするんだな………。
オニャだけども……。
必要のない時は「オニャ」モードなのだろうか。
魔法を使うときだけ喋る?
「ルーシュ様、クロマルは気分に正直な生き物なのです」
「ほー」
まあ、魔物だしな。
そういう部分はあるんだろうな?
アリスターはルーシュから受け取ったプリンをスプーンで丁寧に掬ってから香りを嗅いだ。
「卵と牛乳とバニラが入っていますね」
「……そうか」
「バニラは貴重で、この国では手に入りませんよね?」
「詳しいな。これは南国から輸入している。けれどエース家で作付に成功したから温室で作り始めている。少しずつ王都に下ろす予定だ」
「………やり手ですね」
「………」
十歳の子供との会話で合ってるよな?
今、変な感じの返事が返って来なかったか?
「アリスター。いくつか質問をする。その中には答えにくいものや、気分の悪くなるものもあるかも知れない。……だが、勿論アリスターに嫌な思いをさせることが目的ではない。エース家の当主代理として必要な事だけ聞いていく。そして、住所を孤児院からエース家に正式に移す。その前に当主である父に会う事になるが、俺も一緒にいるから安心して欲しい」
「………はい。大丈夫です」
アリスターはクロマルを膝に抱きながら、少しだけ居住まいを正してこちらを見る。聞ける事は全て孤児院の院長から聞いているので、それ以外の事と確認事項だ。
「アリスターは生まれて直ぐ孤児院近くで見つけられたらしく、ご両親と戸籍上の繋がりはないらしいが、その後、院長の目を盗んで手紙などの遣り取りはしていないな?」
「……僕は孤児院近くの藪に捨てられた子供です。それがどういう事か分かりますか? 死んでも良いと思われたのです。そうでなければ孤児院長に直接預ければ良いじゃないですか? もしくはドアの前とか? それをしなかったのは、両親の保身の為です。顔を知られたくない。名前を知られたくない。探られたくない。それをするぐらいなら死んでも構わない。僕は親にとってその程度の子です。血が繋がっていても親ではありませんから、手紙が来てそこに謝罪や甘言が書いて有ったとしましょう。でも乗りません。何故なら僕は両親に心の一片も残していないからです。今まで手紙らしいものを受け取った事は有りませんが、今後受け取ったなら、中身を確認せずルーシュ様にお渡しします。判断はルーシュ様がして下さい。僕はエース家から出ません。ここが一番安全だから。ここに居ればきっと僕の両親は手出し出来ない筈」
アリスターの言葉を聞きながら、俺はこの子が大変大人びている子だと知った。子供だから……親にどんな目に合わされても親を慕うものだ。きっと捨てたには理由が有るはず、何か事情があって止むに止まれずなど……。そう考えなければ苦しくなってしまうし、そう合って欲しいと願い自分を慰める。
なのに既にこの子はバッサリと親を切り捨てている。その覚悟をしている。その上で俺が何を心配しているのかよく理解している。自分でも言っていたが、この子は群を抜いて頭が良い。深い思考力の持ち主。学園に行って高い魔法能力を手に入れれば、この子の立場は今と逆転するだろう。つまり人から使役される者からする者へ。
「成る程、アリスターの考えは分かった。ただ、子供だから悪人の狡猾さを知らない。アリスターの弱点は何か分かるか?」
「………弱点? 元より自分の命にそれ程の執着はありませんし」
「そうだな。そんなに執着はなさそうだ。お前の執着は百パーセントクロマルに帰結する。クロマルを誘拐されたり、殺されたらどうする」
アリスターは、膝の上にトロンとしているクロマルを抱く手に少し力を入れる。
「……誘拐されたら助けます。殺されたら……後を追います」
「お前が死ぬ事は保護者として許さない。誘拐されたら自分でなんとかしようとせずに俺に言え。分かったか?」
「…………」
沈んでしまったアリスターにクロマルがオニャッといってすりすりと体を寄せる。スライムというより猫のような動きだな?
まあ、エース家の養子候補の使い魔を誘拐などさせるつもりはないし、それは魔導師筆頭の侯爵家に喧嘩を売ったと言うこと。権威に掛けて根絶やしにしてやるが……。一応注意勧告だけはして置く。クロマルは神出鬼没だからな。一応だ、一応。
「藪に捨てられた僕を助けてくれたのはクロマルです。クロマルだけが僕を見つけてくれた。クロマルが僕の親で友達で全て。クロマルが居なければ僕は今も昔もこれからも息が出来ないのです」
「………だから弱点というんだ」
「……はい」
「弱点を弱点にしない為にはどうすればいいか分かるか?」
アリスターは首を振る。
「弱点が強者だったらいいだろ。だから――」
その言葉にアリスターが顔を上げる。
「王立学園で勉学を励めと」
「そういう事だ。魔導師の強さは使い魔に連動する。話が早くて助かるよ」








