第十九話 俺の秘密と君の秘密。
海が見たいですね!
行っちゃいませんか?
シトリー領への出張帰りに!
ロレッタの斜め四十五度の提案に、一瞬だけ思考がストップする。
この元伯爵令嬢で現侯爵令嬢の少女は何を言い出しているのだろうか?
思考回路が飛んでるよな?
シトリー領への出張帰りにさらっと寄りませんか? と言われても?
面白過ぎるんだが……。
ちなみにエース領の焼き菓子は確かに有名で、街を歩くとオープンカフェから甘い匂いが漂って来るには来る……。
バターと小麦の匂い。女の子は好きそうな香りだ。でもまあ正直、焼き菓子の香りはエース家の厨房からでも充分するのではないかと思うのだが……。
そもそもが遠い。シトリー領というのは北西の街道からセイヤーズ領に向かって行く途中にあるというか中腹の何も無い場所にある。誰からも何からも注目されていない只の荒れ地というイメージの領。
「ルーシュ様、海に行ったら蟹とか捕りましょうね! そして蟹のスープとか蟹の甲羅焼きとかそういったものをお腹いっぱい食べましょうね」
「………」
岩場で捕る蟹は、そんな料理のメインを張るような蟹ではないのだが……。そもそも小さいだろ? 食べる所とかそんなにない。何故そんなに蟹に夢を見る。
「そして一日中海で青い空を眺めましょうね。……でも一日中空を眺めるって微妙に暇そうでもありますけど。でもやってみましょうね」
「………」
凄いクリーンスポットの夢だな? というか………。
「おい」
「何でしょうか?」
「お前、俺に何か秘密にしている事はないか?」
「何を言っているのですかご主人様? 十代の女子ですよ? 秘密なんかは沢山あります。なかったら吃驚ではないですか」
「………」
まあ、それはそうなのだが。それにしてもだ。
「そういう種類の秘密ではなくて、俺のプライベートに関する秘密だ」
「ご主人様のプライベート!?」
ロレッタは一度深く頷いてから口を開く。
「……ルーシュ様、残念ながら侍女という者はご主人様のプライベートに精通しているものなのです。そこは見て見ぬ振りをするしかありません。大丈夫です! 恥ずかしくなんてありませんから。今更照れなくても」
「………お前な」
「だって一日中一緒にいて、同じ屋根の下に暮らしていて、何をどう隠すのですか? きっと奥様に成られる方より私の方が詳しいのではないかと……」
「………」
確かに、侍女と主人はそういった関係性はあるにはあるが。
「……そうだな。その通りだなロレッタ。一つ屋根のしたに暮らしているし、一日中一緒に居る訳では全然ないが、用向きを頼んでいる以上、侍女は主人に詳しくなるのが必然。そこは認めよう。俺だってロレッタには詳しい。なんせ一緒に暮らしているのだから。病後にベッドから落ちて鼻血を出したり、その中で突っ伏していたり、もちろん他の者よりもお前に詳しい。当たり前の事だったな。そうだろ? 恥ずかしがる事なんて何処にも無い。お互い様だからな?」
ロレッタは真っ赤になって俯いている。
お前は何をやっているんだ!?
恥ずかしくないんだろうがっ。
めちゃくちゃ恥ずかしがってる?
「………ルーシュ様、もうどうかその辺で。私は羞恥で生きていけなくなってしまいます。どうかもうお忘れ下さい。ご主人様の胸の内だけに仕舞って置いて下さいませ。恥ずかしくて顔が上げられませんっ」
お前が吹っ掛けて来たんだろうがっ! と思わなくもないのだが、そんなに真っ赤になって恥じらいを見せられると、俺の方だって何か微妙に恥ずかしくなって来る……。どうしてくれるんだよ?








