第十六話 お茶は美味しい方がよい。
ちょっぴり閑話です。
孤児院の院長先生と美味しい茶葉。
王領で孤児院の院長をしているリネットは、エース家から届いた高級茶葉で一息ついた。なんて美味しいんだろう。やはり昼下がりの紅茶は格別だ。この所はその辺に生えている雑草茶しか飲んでいなかったので、やはり香りが違うなとしみじみ思う。
「良い茶葉だな」
「そうでしょう。エース家のお坊ちゃんからの贈り物ですよ」
「……ほー。エース家の小僧ね。そんな気が利く奴だったかな?」
「気を利かせて贈ってくれたのではありません。欲しいとハッキリ口に出してお願いしたのです」
「………君がか?」
「私がですよ」
「君は私の前では慎ましい女性を装ってないかい? あれが欲しいこれが欲しいなどと聞いた事がないのだが……」
「まあ、あなたの前では言いませんよ」
「なぜ? 何でも用意するのに」
「なぜと言われても……。あなたの前では私も強突く張り婆さんじゃなくなるという事でしょうか」
そこまで言うと一人の紳士は笑った。リネットより十歳近く年下の上級貴族。本来は口を聞くことも許されない程の身分差な訳だが、彼とは昔なじみの友人だ。
「今度はもう少し早く相談してくれないか?」
「………そうですね。結果を考えれば早いに越したことはなかったですね」
「君は昔っから、一人で抱え込んで人に頼らない。強突く張りではないが大変な意地っ張りだ。頼ったり甘えたりという事を知らん」
リネットは笑った。そういえばそうだ。この方と初めて会った時も、自分の力だけでなんとかしようとして、酷い目に合いそうになった。
リネットは『助けて』と声を上げた時、迷惑そうな顔をされるのがとても苦手なのだ。だからついつい自分の力だけで何とかしようと考えてしまう。一人の人間がその知恵を絞り尽くせば、何か良い案が浮かぶと考えてしまいがちだ。しかし暴力とはそんな知恵とは欄外の場所にある。知恵と知恵のぶつかり合いは得意なのだが、知恵と権力のぶつかり合いや、知恵と暴力のぶつかり合いだと、例え知恵で勝っても、最終的に力に蹂躙される。それは若い頃から何度となく経験した理不尽だ。
「……人に頼るのは、体中の勇気を掻き集めて、一歩踏み出さなければいけないのです。昔からその一歩がとても難しい。プライドを捨てて、ただ助けてと言えば良いのですが、その一言を口から出すまでに長い長い時間が掛かってしまいます。あなたに言えなかったのは、友情を利用しているようで嫌だったんですよ?」
「……孤児院の院長までなった君が青臭い事を言うじゃないか? 友情なんて利用し尽くせば良いんだ。君になら利用させてやっても構わないと思っているのだから」
「だから言えないんです」
「ふん。エースの小僧には言えるのか?」
「言えますね。とっても言いやすい。助けてとかお茶をくれとか保護してくれとかお金を頂戴とか。なんでも言えそうな気がします」
「それは随分と……」
「そうなんです。エース家のお坊ちゃんてとても気さくというか、良い人ぶっていないというか、何も飾らずに素で話せる稀有な存在ですね」
「……高い評価だな」
「まあ、そうですね。今度から気さくになんでもエース家の坊ちゃんと王太子殿下に相談しようと思います」
「名乗ったのか?」
「……名乗ってませんよ。『エース家の分家の分家のそのまた分家のシリルです』と紹介されましたね」
リネットの前の紳士が吹き出した。
「分家の分家のそのまた分家って」
「そう言い切っていましたよ?」
「へ…――」
「シリル様にはもう少し変装の精度を上げる事をお勧めしますね」
「一発で分かったか?」
「分かりましたね。あの品の良い所作と髪の色。魔法省の制服。魔導師だと言っているのに眼鏡を掛けていた。あれは黄色い瞳を隠しているんでしょうね? 魔導師で瞳と髪の色が違うのは逆に違和感があるのですよ。あなたの髪もブルーブロンドで瞳も同じ。魔導師はみんなそうです。そして黄色い瞳と言えば雷の魔術師である王太子殿下しか考えられませんからね。初めから疑っていました。どう答えるのかな? と思っていましたがしらっと嘘の自己紹介をしました」
「……まあ、悪気はない奴だ」
「そうですね。悪気のない嘘です。むしろ王太子ですなんて言われても困りますからね」
「そうそう」
「でも、あちらの方も王太子殿下とは思えないほど気さくな感じで。身分を偽っているという後ろめたさも相まって、なんでもお願い出来そうな気がします」
「……それは良かった」
「良いんですか?」
「それはそうさ。君が私に言えずに困窮して困っているくらいなら、エース家の坊主とシリル? にいくらでも相談すれば良い。それぞれに魔導師であり身分もある。君を理不尽から救ってくれるだろう。そして部下だからな。部下の手柄は上司の手柄として換算出来る。君の前でも自分の手柄として振る舞えるだろう?」
そう言って、水の魔術師は紅茶を飲みながら、優雅に笑った。








