第十二話 スプーンはずっと一本です。
「時にシリル様………」
「なんだいロレッタ」
「唾液感染という言葉を知っていますか?」
シリル様は笑顔で頷く。
「もちろん知っている」
「唾液は結構濃密な液でですね」
「濃密なんだね」
「そうなんです。虫歯や風邪が移る訳ですよ? 唾液を介して」
「……へー」
「……スプーンは何本お持ちですか?」
シリル様はロレッタに笑顔で答える。
「……もちろん一本」
「何故?」
「君が味見をして欲しいと願ったから、成り行きで僕も食べる事になった。なので一本をシェアしている」
「侍女を呼んでもう一本貰いませんか?」
「呼ばなくていい。困っていない」
「………お言葉ですがシリル様、百歩譲って最初の一口は良いと思うのです。だってその一口はクリーンな状態でしたから。でも何故交互なのですか?」
「僕も食べたいからとか?」
「えー……」
「この木箱小さいじゃない? 器が二つ入らない。なのでシャーベットはこれしかない。僕も食べたいから一緒に食べている。美味しい物を二人で分け合うのは幸せな事。だから交互に食べている」
確かに美味しいですけどもっ。
ロレッタはニッコリ笑って呼び鈴を鳴らそうとした。
エース家の侍女を呼ぶ用のもの。しかし手が上手く動かない。
体がまだだるいのだ。
上手く体が動かせない生活と魔力のない生活はなかなかしんどいなと思う。
そして、そのままベッドから転がり落ちそうになる。
ヤバい朝の二の舞だ。
鼻への衝撃に備えて目を瞑ったのだが、衝撃は来なかった。
シリル様が支えてくれたのだ。
そのままギューッと抱きしめられた。
「あ、ありがとうございます………」
「…………」
「……あの、シリル様??」
「随分痩せたね?」
「…………なかなか食べられないのです」
「どんなフルーツが好き?」
「フルーツもそれ以外もなんでも好きです! シトリー領にいた頃はドクダミ茶とかスギナ茶とかでですね、野草茶を嗜んでいました」
「………そうだったんだ」
少し貧乏過ぎてしんみりしてしまった。ごめんね。
「野生の桑の実とかラズベリーとか林檎も食べていました。ワイルドフルーツです」
「………」
ヤバい。貧乏ネタしか出て来ない。凄い貧乏が染みついているのかも。
裕福そうなネタはないだろうか?
「……シトリー領は少し土地が痩せていて、なかなか実りが豊富という訳には行かなくて……。野生動物と人間は競って食べ物を採取するんです。ドングリとか熊とリスがライバルでした。あまり取り過ぎると動物達も困るから三分の一ずつ分ける感じですかね! その三分の一をしっかり頂くのがコツというか、命がけというか」
そう喋りながら、ふと痩せた土地でも花なら咲くのではないかと突然思い付いた。思い付いたというよりも、トマトシャーベット蜂蜜がけを見ていたら、蜂蜜ならシトリー領でもいけるんじゃね? と思い付いたのだ。だってコスモスとか荒れ地に咲くじゃん? みたいな。荒れ地に咲く花限定で作物が植わっていない場所、野っ原? に植えたらどうだろ? 蜂蜜は滋養強壮に効く。大変栄養価の高い食べ物だ。一歳未満の子供は食べられないが一歳から食べられるのだ。なんの問題も無い。
しかも王太子殿下の商会に卸ろさせて頂いて、王都で開く予定の氷菓カフェ(予測&妄想)??? 的な何かにトッピング材として。
体が動かないなら頭で働けだ!!!
ロレッタは満面の笑みを抱きしめるシリル様に向ける。
「シリル様! 私も商会に入ります。出資はワンコインも出来ませんが、セイヤーズの伯父様に値切り交渉はします。AALですから『Alice商会』なんてどうですか? ちょっとニアミスでエースに見えませんか??」
え? まさかアクランド王家のAはAce家のAとシェア? と遠くの方で聞こえた気したが、ロレッタの耳には届いていなかった。








