第五話 氷の魔道具
ローランドはテーブルの上に置かれた木箱を手に取る。
小さな物で葡萄の粒が三粒入っている。これが半氷になっていて、口に入れると冷たくシャリシャリと溶けていく。歯触りも甘みも申し分ない。嗜好品として需要は大きい。しかし更に大きな可能性を秘めている。
そもそもユリシーズが言う飢えというものは、収穫期の量で決まる。自然の事だから、嵐や干魃や洪水やら冷害。予測外の事が起こる。それが起こると時期が時期なら田畑は収穫前に全滅だ。その年の労働が一瞬で飛ぶ。農民にとってはあまりにも無情な結果なのだが領主に取っても大変無情となる。
飢饉対策待ったなしだ。とにかくその大凶作の年をどう乗り切るかが重要になる。栄養失調からの死となれば、孤児は出るし、不耕作の土地が出るしで悪循環が始まる訳で、この悪循環を起こさないのが領主の手腕。
領民個々が賢明な対策をしてくれれば大変助かるのだが、不測の事態の為に領主は何百人分所か万単位で備蓄対策を施す。凶作の悪夢を乗り越えて翌年の豊作に繋げなければならない。これに莫大な金が掛かる。
この食料備蓄という概念は、恐ろしく昔から知恵を絞られて来た分野だ。取れ過ぎた肉、果物、野菜、魚、全部干す。とにかく水分を抜きカラカラにする。または雑菌を繁殖させない為に塩、砂糖、酢で過剰に漬けるとなる訳だ。
または雪の下に埋めるなどの温度を下げる事で、雑菌の繁殖を防ぐ方法もある。食料とは夏に余り、冬に足りなくなる。夏に余らなければ冬の保存食が足りない。凶作の年の冬は亡くなる人数が多い。
この魔道具を使い保存庫というものを作る事が出来るかも知れない。日陰の家の北側、食料庫の奥などに作っても良いし、建物自体を冷える仕組みにしても良い。温度調節を行って、用途別にしても良い。
先ずはこの屋敷で使う試作品を作らせて、更に領地で実験的に使用させ商品化の目処を立てよう。嗜好品とは違う食料保存庫ならば、各領地毎に大きな税金を動かせる。税金とは即ち国民から上がるもので、国民の為に使う訳だから、国庫を引き出せる。流石に原価率は高めに設定するが、嗜好品とは動く金の桁が違う。
保存庫と言えばセイヤーズというくらいの魔術製品に出来るかも知れない。氷の魔導師しか魔法式に魔術を流せないというのが、プラスでありネックでもあるが、それはそれだ。プラスを最大限に生かし、マイナスはそういう物だと納得すれば良い。大量生産品ではなく希少品の位置で充分。
食料とは採れる時期は腐らせ、ないときは飢える。セイヤース領とシトリー領だけでもこの採れる時期のロスを最小限で食い止める試みをしよう。
そうすれば――
ローランドはゆっくりとユリシーズに視線を移す。
この弟が胸を潰しそうになる現実が少し減る。
折角開発したのだから、上手く実用化に乗せるのはローランドの仕事。
ローランドは葡萄を一粒食べる。
葡萄は干して干しぶどうにするか、ワインにするか、そして凍らせるか。
冷たさが口の中に広がる。
これは自分専用の魔道具にするかな?
色々な物を入れ替えて試してみたい。
魔石の安定供給が欲しい所。
ルートは直接、土の侯爵家に交渉したいが……。
ローランドは魔法省で働く土の魔導師の面子を一人一人捲って行く。
直系の次男とか三男とかが良いが甥とか姪でも良い。
そんな事を熟考していると、ユリシーズと目が合う。
胡散臭い者を見るような目をしている。失礼なっ。
「今、金儲けの事を考えながら、段取りを楽しんでるでしょ?」
「……まあ、そうだな」
楽しいに決まっている。領地が潤えば人の暮らし向きが良くなる。それを考えるだけで心が躍る。
「……シトリー領はどうするの?」
「それはもう考えた。あんな事があったからな。三ヶ月くらいロレッタと仲間達で領地療養だ」
「仲間達って、まさかエース家の嫡男と王太子? そんな事出来るの?」
「出来る出来る問題ない。両方部下だからな。草の闇魔導師探索とかそれらしい理由付けをして出張扱い。でシトリー領の建て直し計画でも考えさせる」
「越権行為だ……」
「何を言っているんだユリシーズ。魔法省次官のポストは使って使って使い倒さないと損じゃないか? 何のために出世すると思うんだ。権限を大量に得る為だ。そしてそれをギリギリラインで使いまくる。その分の仕事はもちろんしているし、雇い主としてもお得だぞ?」
「そう?」
「そうだろ。それに良い経験になる、未来の王とエース家の当主だからな。最大限に知恵と魔法を絞り尽くして全力を尽くせばよい」
「……すごいね。人使いが」
「一人一人が持っている力は、こちらが思うより大きい。発想力も一人一人違う。試行錯誤して成功させるんだ。それが経験になり成長になる。上司の役目ともいうな」
「……まあ、王太子は興味ありそうだったよ? シトリー領の荒れ地を購入してたしね」
「……そうか」
「何か考えがあるのかもね?」
「ならば適役だ。問題ない」








