【012】『紅の魔導師と王太子』
「やあ」
ラウンジに着くと王太子であるシルヴェスター・エル・アクランドその人が既に席に座り優雅に紅茶を飲んでいた。何故いる? 俺の到着を待ってから来い。これじゃあ王太子を待たせた不敬な貴族にしか見えないだろうが。
「この紅茶、凄く良い香りがするよ? 発酵の長さが違うのかな?」
「……どうなんだろうな」
俺は適当に相づちを打つ。マジでどうでも良い。
王太子であるシルヴェスターはメイドにルーシュのお茶を入れたら下がってと言っていた。人払いな。
一応勧められて紅茶を飲む。確かに香りと味が違うな? 発酵の長さだな。
「ところで、彼の第二聖女殿は、エース家に逃げ込んだらしいじゃないか?」
この王子、当たりも柔らかく金髪でいかにも王子然とした容姿なのだが、くせ者だ。ちなみに目が光を思わせる強烈なイエローなのは、雷の魔導師だからだ。王妃は淡い薔薇色をしていて、陛下も飴色。つまりは隔世遺伝。初代国王がやはり金色の瞳をしていたと聞くし、どの肖像画も金色に描かれている。
「人聞きが悪い事を言うな。職安でエース家の出していた募集に応募して来ただけだ。職員に確認を取ってみるがいい。証拠は堅いな」
先日五組の陶磁器を送っておいたし、ルーシュと第二聖女の遣り取りは目立っていたから、当然憶えているだろう。
「……エース家が侍女募集?」
「実験的に出していた」
「ほう? 何の実験」
「魔法素養のある者が掛かるかどうかだ」
「掛かる訳がないだろう」
「……掛かっただろう」
「………びっくりだ」
王子が吃驚だと言うのは分かる。俺だって吃驚だ。吃驚し過ぎて紅茶を聖女の顔めがけて吹き出したくらいだ。なんで聖女が就職活動をしてるんだ。
「そちらの不手際だろう。なんなんだあのお粗末な卒業記念パーティーは?」
「……ホントに。僕だって吃驚だ。陛下は言葉を失っていたよ?」
まあ、そうなるよな。それが真っ当な反応だろう。
「第二王子は卒業を待って第二聖女と結婚する予定だったんだよ? それが卒業パーティーで『真実の愛に目覚めた。第二聖女、お前との婚約は破棄する』って。沢山の貴族が見ていたからね。情報なんて集めなくても、向こうから入ってきたよ」
通称『真実の愛事件』という名で今も城下を駆け巡っている。大変なスキャンダルとして知らぬ者はいなくなった。もしかしたら子供でも知っているかも知れない。人の口に戸は立てられないからな。そういうものなのかも知れない。なんせ出席者が全員見ていたのだから百人単位だ。ついでに給仕のものや衛兵、楽士、みんな漏れなく見ている。
「僕はね、第二王子が言った全文をもれなく暗記しているくらい再三聞かされた。腹違いといえ弟が、おも、笑え、いや、とんでもない事をしでかしてくれたお陰で、事後処理が大変なんだよ」
今、面白い事笑える事と言ったのか? 不敬だぞ?
「第一声は『君との婚約を破棄する!』だ。卒業記念パーティーでだよ? 信じられない珍事件だよ」
お前の血の繋がった弟だよ。珍事件ってなんだよ。
「その上 『真実の愛の前では聖女か聖女ではないかなど些末な事。ココは気立てが良く愛らしい。それだけでお釣りがくるわ!』と言い放ったらしい」
王太子、マネをするな。マネはしなくて良いだろ。
声色まで作るなよ。
「男爵令嬢ココ・ミドルトンと第二聖女じゃ比べものにならないよ。お釣りどころか借金だね。一代では返しきれない程のね。男爵という後ろ盾の心もとなさ、魔術素養のなさ、気立てと可愛らしさじゃ重さが違う。そもそも男爵家令嬢ココ・ミドルトンは気立てが良くも可愛くもない」
「知っているのか?」
「知っているとも。僕らの二個下だ」
「それは知っているが。有名だったか? ココ・ミドルトン」
「有名だったよ。主に王族ハンターとして」
「つまり王子を狙っていたと」
「そういうこと」
第二王子はハンターにハンティングされた訳だ。
見事に……。
それは汚名以外の何ものでもないな。








