第一話 水の魔術師と氷の魔術師
新章開始します!
暫くは不定期に更新して行きます。
ロレッタパパとロレッタ伯父からのスタートになりますが、閑話にしようと思いましたが、本編に食い込んだので三章頭に変更です。
投稿時間は、毎日になりましたら定時にする予定です。
六大侯爵家の一翼を成す水の魔術師一族の事をセイヤーズ侯爵家と呼ぶ。建国王の賢者の一人で有った初代から脈々と魔力素養を受け継いで来た一族で有り、身分も魔力もそして経済力でも他の貴族とは一線を画している。
そのセイヤーズ侯爵家の王都タウンハウスは王城近くに位置し、城とまではいかないまでも、伯爵位のカントリーハウス並の大きさを維持している。六侯爵家のタウンハウスは王城を守るように六方位に配置され、国境線を守る六芒星とは別に、内六芒星と呼ばれていた。
そんな権威に満ちたセイヤーズ家のタウンハウスで氷のような容貌をした、ユリシーズ・シトリー伯爵と本宅の主であるローランド・セイヤーズ侯爵はサンルームで向かい合いお茶を飲んでいた。
二人は歳の頃も背格好もとても良く似ていたが、僅かに兄であるローランドの色素の方が青みが強く出ている。それはユリシーズが氷の魔導師であり、ローランドが水の魔導師であるから、そういった僅かな違いが瞳の色と髪の色に出ている。しかしそれ以外はどこからどう見ても双子のような容貌をしていた。
彼らは幼少期から大変に仲が良く育った訳だが、お互いが結婚し子供が生まれてからも、変わらず普通に仲が良い。弟が可愛くて仕方がない兄と、兄を頼る弟。ただし大人になってからは兄からのお説教が増えに増え、上手く躱すことを余儀なくされ、会う機会は減っていたが。
シトリー伯爵領現当主であるロレッタの父ユリシーズは、娘の婚約破棄事件を機に王都に登り、そのままエース侯爵家でご厄介になり、王都観光に勤しんで、領地には帰らずセイヤーズ家の離れに妻と転がり込んだ。大変な居心地の良さだ。もう腰が重くて上がらない。
「……ロレッタは噂には聞いていたが、想像以上の実力だな」
兄であるローランドの方が先に口を開く。
「まあ、僕の娘だしね」
「……確かに。生まれた時はユリシーズとそっくりで、氷か!? 氷の魔導師が二代続けて生まれたのか!? と思ったものだが、聖女判定に通ってしまったし。氷ではなく光に振り切ってる感じだったな?」
「妻の血かな」
「女の子だしな……。しかしあの展開の速さはユリシーズの感覚そのものだった。なんで巡り巡ってエース家の侍女なんだ?」
「それはさ? 分かるだろ兄上にも。彼らは巡り巡って必ず出会う。それは誰にも邪魔出来ない。今世は侍女と主人として職安で出会っただけさ」
「……職安。どうしてセイヤーズ当主の姪が職業安定所なんだ?」
「貧乏だからだろ?」
「どうしてセイヤーズ当主の弟が貧乏なんだ?」
「領地経営に失敗したからかな?」
「努力しろ」
「父上から洒落で押しつけられた爵位と領地だよ? 別にいらなかった。ずっと本家に居座ってれば良かった。僕らが食べて行く分くらい兄上がなんとかしてくれる」
「本家の隣に家でも建てて居座る場合は、お前の子供から爵位がなくなるぞ」
「娘は結婚するだろうし、息子は……どうしよう? 結構のんびりした感じの息子でさ、来年から王立学園に上がるよ」
「それは知っている。このタウンハウスから通わせる」
「そうなの? ロレッタは寮に入れたのに?」
「それが失敗だったから、今度はここから通わせるんだよ。目が届かないから婚約破棄されたり職安に行ったりするんだ」
「僕と違ってしっかりした子でさ。卒業記念パーティーのドレスなんて兄上に下から上まで揃えて貰えば良いのに……。あの子は街のドレスショップで自分のお小遣いを全額叩いて買ったらしいよ? 痩せてるから既製品だとちょっと体型に合わなくてユルかったらしいし」
ローランドは目頭を押さえて下を向く。可哀想な事をしてしまった。姪っ子にそんな不憫な思いをさせてしまったと思うと居たたまれない。そもそもローランドはここ三年治水工事で地方に出ていた。侯爵家当主自ら他領でそんな事は本来しないのだが、魔法省の官吏なので普通に働かされる。ちなみに領政は前当主つまりはローランド達の父親が現役であたっている。ローランドの出番は当分ないだろうという状況。
ローランドの長子が学園卒業後領地に帰っているので、その子が父から領政を引き継ぐのではと考えている。もちろん退官したら領地に戻って領政に携わるが、その時はきっとシトリー家も甥の代になっているので、弟もシトリー領ではなくセイヤーズ領に帰って隠居するだろう。この弟とはきっとずっと一緒なのだ。まあ仲が良いので問題ない。
父が現役なのに爵位だけは既にローランドが継いでいるのは、当主を誰にするのかで若干揉めたからだ。魔導師の家系は長子が爵位相続をするに有らず。魔力素養の一番高い者が代々爵位を継ぐ。それは誰か? ということで親族が多少揉めた。
親族間で揉めるのは面倒事でしかないし、ユリシーズも全力で拒否したので、家庭平和の為にローランドが継いだ。
弟のシトリー領は、いつか本気で領政に臨むだろうと待ち続けたが、借金だけが雪だるま式に膨れ上がり、何も起こらなかった。地位が人を育てるというが、それは人によるらしい。少なくとも少し責任感と努力義務みたいな物を持っている者でない限り、成長はしないらしい。
弟のユリシーズという男は、伯爵というよりは吟遊詩人かと言った方が適切なのではないかという自由人。
けれど――
ローランドはこの弟に多くは望んでいない。生きていてくれれば良い。元気で笑っていれば良い。弟と弟の家族の面倒は自分がみれば良い。強いて言うなら弟もその子も全部含めて自分の子供くらいに思っている。そもそもセイヤーズ侯爵家にとって、それくらいの金は出費にもならない。贅を尽くした暮らしがしたいタイプでもない。限りなく質素というか、贅沢に興味もないみたいだ。
ユリシーズの娘は聖女判定を受けて聖女になってしまったから、いずれは王家に嫁ぐ身だと思っていた。しかし、卒業記念パーティーで第二王子にこっぴどく振られたらしい。ローランドはその演目の芝居を開演と同時に見た。わざわざ変装して市井に行って見たのだ。三通りくらい見てそれなりに理解した。大げさに演じられてはいたが、自分の情報と主旨はずれていない。
自分の姪が主役のお芝居が観られるなんて……。ちょっと面白い。今度は兄弟で行こうか? 何故かロレッタ役の子が割とおっちょこちょいで悲劇というよりは喜劇のような作りのものまであった。
そしてドレスが茶色なのだ……。何故未婚令嬢のドレスが茶色? いくら婚約者の色だからって、全身茶色にしなくとも……。ちょっと我が姪は服のセンスが微妙なのだろうか?
しかも主人公である聖女と貴族令息が出会う場所というのが『職業安定所』。
本来恋に落ちる場所じゃない。それが喜劇を増長させているのだろうな?
もうちょっとなかったのだろうか? 海や湖とまでは夢は見ないものの、せめて城下とか……。
わざわざ職安に取材が来たというくらいだからな。職員は包み隠さずぺらぺらぺらぺら楽しそうにお喋りしたらしい。守秘義務はどうした? と聞きたくなるが、もちろん身分は言っていませんと自信満々に答えたそうな。
なので芝居は前半の卒業記念パーティーで婚約破棄から始まり、最後は王子や貴族令息やら魔術師やらとハッピーエンドになるストーリーだった。恋に落ちる相手は空想らしい。第二王子が兵士になった所と婚約破棄が事実で後は面白おかしく脚色されていた。
婚約か……。
ローランドは裁きの庭で起きた一連の出来事を、まるでスローモーションのように全てを克明に思い出す事が出来る。
『移ってもいい。離れない』
そう言って、姪を抱きしめた人物の事を思い出していた。
王もいたし宰相もいた。各省庁の長官もいた。
全てに聞こえたかどうかは分からない。
けれど。
魔導師には聞こえただろうなと思う。








