第六十話 嘘が真実に変わる時Ⅲ
あれは毒だ。
猛毒のポーション!?
真っ黒いポーション。
あそこまでドス黒いポーションは見た事が無いかも知れない。
毒のポーションを呷る神官長の姿が、スローモーションのように、鮮明に瞼に焼き付いた。
数瞬の事だったのに、喉の動きまでハッキリ見えたように思う。
しかしは事の成り行きに愕然としていたのは一瞬で、直ぐに自分が聖魔導師であり、毒を飲んだ人間に対処するのは聖女の専門だと気づく。
私は毒を呷った神官長の元に駆け着ける。
そしてポーションを確認し、思考が刹那真っ白になった。
これは知らない毒かも知れない。
聖女というのは、特に王子と婚約が成立していた聖女というのは有りと有らゆる毒成分解析を学生時代に叩き込まれる。鉱物毒。植物毒。生物毒。そして効能の高い物、つまりは即効性が速い物から解毒処方を覚えるのだ。毒といっても何処に作用するかは毒による。即効性の高いものというのは、呼吸器系を麻痺させるものが多い。つまり呼吸器系の麻痺を解いて、呼吸困難を回復させる事が重要なのだ。
私は第二王子の婚約者であったから、呼吸器系の麻痺を解く術式は頭に入っているし、使えるのだが――
真っ黒い血を口からコポコポと吐き続ける神官長に違和感を感じる。これは呼吸器系の毒じゃない。この血から生体の一部が腐った匂いがするのだ。つまり、体の中の細胞と血と骨と全ての成分がもの凄い速さで壊死して行っているのだ。
どうする!?
どうすれば……?
兎に角壊死していく細胞を止めなければ!
私は聖魔法の術式構築に入る。何がどうなっているか分からないが、浸食していく部分の少し手前に聖魔法で光の障壁を作ればそこで浸食は阻める筈。
構築した術式を魔法陣に乗せ、聖魔法を展開させる。加えて痛覚の遮断だ。痛みで気を失ってしまう。
私が構築した魔法陣が大理石の床に浮き上がり、神官長の足下から彼の体を包み込むように執行される。
これで堰き止められるだろうか?
そう思った瞬間、壊死の道が光の壁を避けて曲がったのがハッキリ分かった。
光を避けた!?
つまり反発が起きたのだ。
ならばこの毒は闇魔法から生成されたポーションという事になる。
そうで無ければ反射など起きない。
鉱物系でも植物系でも生物系でも反射はしない。
目から、耳から、黒血を流しながら神官長が私を見る。
そして優しく微笑んだのだ。
「………お母……様、………先に……行きます」
小さな声で、そう言ったのが聞こえた。
そのまま崩れ散るように床に倒れ、黒い血だまりが広がって行く。
その血が膝を突いて執行していた私の足下に届き、聖女の白い制服を黒く染めて行く。
何故? 何故あそこで聖魔法で障壁を作った?
もし水魔法で作っていたなら助けられたかも知れない。
どうして光で作ったの?
あの黒いポーションは、言われてみれば闇色をしていたではないか?
だったら水で作った方が安全だった。
私の判断ミス………。
血だまりに膝を突いたまま、私は茫然としていた。
人を一人死なせてしまった。
この人はきっと、人生の全てを聖女を支える事に掛けた人。
そして最後は利用された人――








