第五十九話 嘘が真実に変わる時Ⅱ
第一聖女は真っ黒だ。
私は心の底からそう思った。
ある事無い事べらべらべらべらと喋り続ける。
喋り続ける事によって、嘘が他人の中で真実に変わるのだ。
第五聖女の為に大聖堂で祈りを捧げていたのは私だ。
それが彼女の中で、祈っていたのは自分だと変換された。
それが彼女の口から大勢に紡がれた事によって、私以外の人間の中での真実は、第二聖女が大聖堂を土足で穢し、第一聖女が第五聖女の為に祈りを捧げた事になったのだ。
なんという卑怯であざとい嘘の使い方なのだろう。
つまりはこの場所は、罪人を罪人として立証出来るか、逃がしてしまうかという場であって、端から第一聖女は罪人なのだ。
彼女の理論と弁論が勝つか、王太子殿下の集めた証拠が勝つかという戦いなのだ。
盗賊は神官長が依頼主だと認めた。
しかしそれは、第一聖女が下した命令ではないという事だ。
神官長の独断という事。
そして王太子殿下に盛った薬は真実だと認めた上で、尤もらしく同情を引く理由に変えて謝罪した。闇商人も押さえてあったようだが、認めた以上はそれ以上の切り札にはならない。
私を殴った事も真実を歪めて認めて謝罪した。彼女は二つの罪状を認めて、謝り、そして訴えたのだ。そんな些末な事でこの国から第一聖女を奪うのか? と。
聖魔法の執行人に聖魔法を使わせない程無駄な事はない。病人は第一聖女を必要としている。
王太子殿下さえ、広い心で自らの妃の可愛い過ちを許してくれれば、全てが丸く収まるではないか? 第一聖女の為ではなく国民の為にと言った。王族に対して国民感情を人質に取ったのだ。
そして――
自分の父親を切り捨てた。
彼女は真っ黒だ。
第一聖女としても。
娘としても。
私は青い顔をして立っている神官長を見る。
何も言わない。彼は全ての罪を背負って禁固刑を受けるのだろうか?
「元最高神官であるフリューゲルス・ミルハン。申し開きはあるか」
全ての罪を第一聖女に擦り付けられた神官長は、指先が僅かに震えていたが、司法省長官の詰問に口を開く。
「聖女様の光は我が光。私の命令で今期の第五聖女様を傷つけてしまったと知った時、我が命は無くなったものと思っております。病に伏した者の絶望の淵は何度もこの目で見てきております。その病が癒えていく様。奇跡の力であり神の力。私は聖女様に死ねと言われれば死ねる人間ですし、聖女様に殺せと言われれば殺せる人間です。我が人生の光そのもの。私の母は第九聖女でした。カルヴァドス二期第九聖女です。後にも先にも一期に聖女が九人もいたことはございませんでした。ですが、一期の第五聖女と二期の第九聖女、どちらが力が上とは言い切れますまい。同期の聖女との相対的な順位付けになりますからな。母は第九という下位聖女でしたからその事をとても気にしていました。後三年遅く生まれていれば、三期聖女で第二聖女だっただろうというのが彼女の口癖でした。本来は王子に嫁ぐ聖魔導師の筈が、私の父である魔力を持たぬ上級神官に嫁ぎ平民になった事で、プライドが傷付いたのでしょうね? 晩年は真っ黒い蟲に心を何度も襲われそうになっていました。聖女とて心は苦しみで溢れているのです。それを助けるのが神官の役目。私は聖女が死ねと言われれば死ねる人間です。全ての罪を受け入れこの身を燃やし尽くしましょう。禁固刑等と温い刑罰にして頂かなくて結構。第五聖女様に申し訳が立ちませんから」
そう言い尽くしたかと思うと、胸の隠しから真っ黒いポーションを取り出して瞬間呷ったのだ。
あれは毒だ。
猛毒のポーション!?








