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第五十七話 裁きの庭Ⅳ



 第一聖女は不正ではない?

 罪は根底から覆された。



 私は今展開された聖魔法と魔法式を正確に読み込んでいた。聖女科の聖女は自分に聖魔法を掛けたり、他の聖女に掛けたりを日常茶飯事としている。それはもちろん小さな怪我や病気になったというのも有るだろうが、殆どは実験というか試しというか練習として掛け合うのだ。


 聖魔法を一度も展開していない状態で、患者に聖魔法など掛けられない。事前に練習しないとぶっつけ本番になってしまう。それは良くない。だからなのか、私の頭の中には、かなりしっかりと各聖女の聖魔法の特徴が入っている。


 今の聖魔法の展開式。聖女科に通った者なら目を瞑っていても分かるだろう、治癒の術式。聖女はこの式を一番最初に暗記する。聖女と言えば治癒だと言うくらい基本中の基本だ。


 ただ基本だから簡単という訳ではない。そして基本でも各聖女の展開の速さと治癒速度や僅かな癖というものは出る。何十回何百回と掛けた治癒術だからこそ見間違えはない。


 私は第三聖女第四聖女第五聖女の治癒執行は展開と同時に術者を当てられる。しかし第一聖女の術の癖と言われても、この五年、在学中に一度も見た事がないのだ。だから実際問題見ていないものは分からないという事になる。


 一度もだ。慰問の際も見た事が無い。第一聖女とその他の聖女は慰問地がいつも別の場所になるように配置されていた。


 初めて見た。初めて見た筈なのに、どこかで微かに引っかかる感じ。見た事が無いはずなのに見た筈だという感覚。初見ではない。でも微か過ぎて記憶が……。



 私は考え込みながらも、王太子であるシリル様を見た。王の横で、王太子の正装をしている。裁きの場だからか少し神官寄りの服なのだが、金糸が入る事で王族としての威厳をより一層高めている。そして厳しい顔で第一聖女を見ていた。彼は私よりも多大な違和感を感じている筈だ。何せ関係性が夫婦なのだから。


 この一年、結婚していたのに一度も第一聖女の聖魔法を見た事がなかった筈。あればこんな罪状にはならないのだから。彼は魔導師として自信があった。第一聖女は第一聖女ではないという自信が。


 私はシリル様の鋭い観察眼を信じている。それは一緒にいて何度も経験した事だ。何も言っていないのに、髪の色を変える魔道具を作りたいという相手の気持ちを察して、髪を一本くれるような人。一を見れば十を分かる人。



罪状が正しいという事を大前提に考えるのならば、この状況こそが詐欺そのもの。そう。そう考えなければ嘘と詐欺と欺瞞に飲み込まれる。



 何が詐欺か?

 第一聖女が詐欺?

 第一聖女が詐欺とはどういう意味?



 あの聖魔法には違和感があるのだ。

 術式がやや古風だと感じた。今はもう少しコンパクトな略式を用いる。

 もちろん、場が場なので、仰々しく展開したのかも知れないが……。


 どこかで僅かに触れたことがあると感じるのが二つ目の違和感。

 どこで触れたんだろう? 

 聖女などとハッキリ言えば狭い世界だ。

 偶然ですね。聖女ですか? 同業です、「こんにちは」なんてことはそうそう起きない。

 直近で出会った聖女科以外の聖女。

 そんな人はいない。いたら忘れない。

 じゃあ、なんの記憶が掠ったのだろう?



 そして三つ目めの違和感。

 そもそも第一聖女が聖魔法を堂々と使った事が大きな違和感。

 だったら学園時代から、使えという話。

 学園時代は使えず、人にも見せず、ひたすら秘匿。

 なのに、この公の場でこれ見よがしに使った。

 私は使えますよ見て下さいと言わんばかりに――

 何で今日この日に突然そうなる?



 違和感を確実に実証する方法を考えなければいけない。

 この短時間で。聖魔導師である私が遣るべき事なのだ。

 他の魔導師に術がちょっと古風でと言った所で「は?」となってしまう。



 私は額から冷や汗が吹き出るのを感じた。






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