第五十六話 裁きの庭Ⅲ
聖堂に再度裁きの鐘の音が響いた後、開始の言葉を述べたのは、王の右腕である宰相閣下だった。目立たないが凄腕の王の懐刀。それだけで、私自身の婚約破棄式等とは規模が違うという事を思い知った。つまりは個人の問題ではなく国の問題。そして明らかに立ち位置が違う神官長と第一聖女。彼らの後ろには衛兵が控えていていつでも飛び出せる位置。つまり――
罪人は彼ら。
神官長と第一聖女とは、この国の教会組織のトップであり顔になる。知らない国民はいないのではないかと思う。組織のトップは神官長な訳だが、位のトップは聖女だ。聖女とは神がこの世に下ろした力を預かる者。聖女の光は神の意志の具現化。教会という組織は、神の光を届ける聖女を賜る場所。そして等しく国民に届ける事が彼らの仕事。
今は第一聖女は王太子妃という立場でもあるので、王族であり、第一聖女であり名実共に、トップ中のトップ。上には王と王妃と王太子くらいしかいないのではないかという王族内での身分も相当に高い。第二聖女でありエース家の侍女でセイヤーズ家の養女である私より遙かに上だ。
しかし、彼らは罪人なのだ。彼らの罪状を司法省官吏が読み上げる。
ひとつ、聖女等級審査の偽り及び不正
ひとつ、教会の資金横領
ひとつ、聖魔法とポーションの不正価格
ひとつ、聖魔法を偽る行為
ひとつ、孤児院寄付の横領
ひとつ、盗賊を雇い、寄付金を強奪及び暴行
ひとつ、禁止された薬の売買
ひとつ、王太子への不敬罪
二桁になるのでは? という量の罪状が読み上げられる。
大きな罪状から始まって、小さな罪状まで淡々と上げられて行く。つまりは一つ目の『聖女等級審査の偽り』から始まった、それを維持する為に起こした罪の箇条書きだろうか? 聖女等級詐欺。それを維持する為の莫大な資金。その為に教会の資金を横領した。その為に不適正価格で聖魔法及びポーションを取引していた。そして足りなくなって孤児院の寄付にも目を付けた。寄付の何割かを収めない孤児院には報復を行った。そして第一聖女の聖魔法に疑問を感じた王太子に薬を盛ったと続く。最後は第二聖女への傷害罪まで付け加えられていた。今、即興で加えましたか? というくらいの新鮮度だ。衛兵から報告が行ったのかも知れない。
神官長は頭を垂れて聞いていたが、第一聖女は背筋を伸ばして凜とした態度で聞いていた。なんなのだろう? あの堂々とした態度は?
全ての罪状が読み上げれ、捕らえられた盗賊が依頼主は神官長だと断言し、神官長は永久禁固。第一聖女は修道院という名の座敷牢送りになると処分が言い渡された時、第一聖女の笑い声が神の庭に響き渡った。
嫌な笑い方。自信があって驕慢で、教会のトップは自分だと、思い上がるなと周囲を蔑むような皮肉の籠もった笑い方。
その第一聖女の笑いが止んだ時――
大理石に金色の魔法陣の文様が映り込む。
聖魔法!?
上??
見上げた先には、金色に輝く魔法陣が明滅していた。
私は目を凝らす。
あれは治癒の聖魔法!?
そう思ったと同時に、魔法陣は弾け飛び、金色の雨が降る。
それは私の頭上。
つまり――
治癒を掛けられる対象は私。
神の庭に降り注いだ金色の雨は、驚くほど神々しかった。
ここが大聖堂の正面だった事と、光が反射したのとで。
頬から腫れが引き、傷がみるみる癒えていく。
衆人環視の下、治癒の魔法が使われた。
間違えようもない。
これは歴とした聖魔法で、魔石やポーションで行う偽りの魔法ではない。
私の頬の傷が癒えていくその過程を、王も王太子も魔法省次官である伯父も各魔法省官吏も目を見開いて見ていた。彼らは魔法の玄人だから、偽りの魔法は通用しない。
光の魔法が紡がれた。そして傷が癒えたのだと。そう認識した筈だ。
この断罪の根源を揺るがす事態。
第一聖女は間違いなく聖女だと。
その光の魔法展開が伝えていた。
そして私にもハッキリ分かった。
彼女は聖女だ。
聖力は多分第五聖女や双子王子より上。
癒やしの速度が速かった。一流の聖女の証。
聖女等級審査に不正はない?
この場にいる誰もがそう思っただろう。
罪は根底から覆された。








